散文 2
4.
「わー! ちょっ、獄寺っ! 馬鹿!」
と。山本が風呂からあがるなり俺をみて叫んだ。
冷蔵庫の中を物色していた俺は、馬鹿に馬鹿といわれてとても腹がたったので、とりあえず山本を蹴飛ばしておく。
「誰が馬鹿だこのボケ」
先に風呂からあがっていた俺は、まだパジャマの上をきていない。山本も同じかっこうのくせに、俺の姿をみて蹴られながらもだらしなく笑う。
怒ったり笑ったり忙しいやつだ。
「獄寺の格好エロいー」
「黙れ変態」
「いやいや、それはともかく! どういうつもりだよ獄寺!」
山本は一通り俺をにやにやと俺をみてから、思い出したように眉をつりあげた。
「はあ? 何がだよ」
「髪!」
「髪?」
「髪かわかせよ!」
……く、くだらねぇ。
真剣な顔して何をいうのかと思えば、そんなことかよ。
「あ、いま獄寺くだらないとか思ってんだろ」
思ってるに決まってるだろうが。
「ダメだって! 風邪引くし、髪も痛むし」
「いや、別に……」
「よくないって! 俺、獄寺の髪大好きなのに痛んだら悲しい! 獄寺が風邪なんかひいたら、心配で死んじゃうし、俺!」
お、大げさなやつめ。
とにかく山本が髪をかわかせかわかせと煩いので、何だか俺もヤケになって乾かさずにいたら、山本がドライヤーを持ってきて、
「じゃあ俺が乾かす」
とかわけのわからない事を言った。
何が「じゃあ」なのか理解できない。
「はあ?」
「だって俺、ほんと獄寺の髪が好きなんだって」
だなんて、山本が真剣な顔して言うから、結局こいつの言う通りにしてしまう。
「やっぱ、獄寺の髪は綺麗だよなあ」
と、髪を乾かしながら山本がつぶやく。
「別に髪なんか誉められても嬉しくねぇよ」
女じゃあるまいし。
「いや、そうだろうけどさ。でも俺はとにかくおまえの髪が好きなんだ」
それから山本は俺の髪の毛をつかんで、
「ぎんいろでさらさらしててさ。すげぇ綺麗で触り心地いいし、獄寺の髪だし」
ようはお前の髪だったら何でもいいのかもなあ。と、恥ずかしい事を言う。
「獄寺の髪、お守りに持ってていい?」
「やめれ」
何か前にもこんなやり取りがあったような。
「なあ獄寺、乾かしおわっらキスしていい?」
なんて山本が神妙な顔をして聞くので、笑って「ばあか」といった。
お前は俺だったら何でもいいというけど、そんなの俺だっておんなじだ。悔しいけど、お前だったらなんでもいいんだろう。たぶん。
何となく銀髪長髪の山本を想像したら意味もなく笑けて、そんなお前ですら愛しいなんて思えてしまう俺は、実はお前よりよっぽど重傷なんだろうと思った。
5.
帰らないで。なんて、口がさけてもいえないと思った。俺には俺の、お前にはお前の人生があるから。
……なんていいわけで。
ただ自信がなかったんだと思う。
俺はまだ十四歳で、何の力もなくて。ずっと一緒にいるなんて、簡単には約束できない。
少なくても獄寺にとって俺の横でなく、あの海の遥か向こうが「帰る場所」なら、なおさら。
「バーカ」
と、獄寺は笑う。
俺の頭をガシガシとかき回して、安心させるみたいに言葉をおとした。
「ちょっとイタリア帰るだけだ。すぐ戻ってくるさ」
ダイナマイトの仕入れで獄寺がイタリアにいくなんて、いつものことだけど。
それでも。
獄寺にとって帰る場所はイタリアなのだ。
なら再び自分のもとに来てくれる約束なんて、どこにもないんだろう。
「獄寺」
「ん?」
「好き」
「バーカ」
獄寺は笑う。俺のために笑う。
けれどその笑顔が明日も俺のものである約束なんて、どこにもないんだろう。
6.
くだらないと思うけど、些細なことで不安になる。
分かっていても、納得できないこともある。
「お前さ、何すねてんだよ?」
授業をさぼって屋上で昼寝をしていた俺の所に獄寺がやってきて、不満げに影を落とす。
「すねてねえよ?」
俺は顔中の筋肉に命令をして、無理矢理笑みを作った。作り笑いは結構得意だけど、獄寺にはきかないことが多い。
それは嬉しくもあり。
「そんな気持ち悪い笑顔つくってんじゃねぇよ」
こんなとき、わずらわしくもある。
騙されてくれればいいのに。そうすれば、この授業が終わる頃にはけじめをつけているんだから。
「何なんだよ、昼休みのときから、おかしいぞお前」
「何でもないって」
言えばきっと獄寺は呆れるから、言葉になんて出来ない。
きっかけは些細なことで。
むしろ、いつも通りで。
ああやっぱり獄寺にとってツナというのは特別で大切な存在なんだって、いまさら思い知らされただけだ。
言えばお前は怒るし呆れるし。何よりお前に嫌われたりなんかしたら俺は生きていけないから、気持ち悪い笑顔を作るしかない。
不安は、いつだって波のように襲ってくる。
引いたかと思えばまた押し寄せて。必死で押し戻せば押し戻すほど、波は大きくなって。
お前を好きになればなるほど苦しくなるんだ。
「お前の悩みは、いつだってしょうもないことばっかだ」
そうだ。しょうもないことだよ。
獄寺を独り占めしたいとか。ツナより一番になりたいとか。ずっと一緒にいたいとか。
もういっそ、お前のことなんか嫌いになれたらいいのに。そしたら友達に嫉妬したり、お前にこんな心配かけなくていいんだ。
「まあ、俺の悩みも、似たようなもんなんだろうけどな」
獄寺の声は小さかったけれど、風に運ばれて確かに俺の耳に届いて。
その意味を考える前に、獄寺の手が俺の頬に伸びて、その唇が額に触れた。
「バカは、何も考えるな」
そして耳に落とされた声は、とても優しくて。
ひどく、胸が痛かった。
お前を嫌いになれたらいいのに。
そうしたら、こんなに締め付けられるほど苦しい胸の痛みも知らずにすむんだろうに。
お前に、そんな顔をさせなくてもすむんだろうに。
「好きだ」
それでも、お前が好きだ。
どうしようもなく。抗いようもなく。
苦しくても切なくても。悲しくても、不安でも。
傷つけても、傷ついても。
仕方がないくらい、俺はお前を好きでい続けるんだろう。