『愛のしるし』 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
寒さには強い方だけれど、さすがにこんな朝早い時間だと手袋とマフラーが欠かせない季節になってしまった。 人一倍寒さに弱い獄寺は家を出る前から寒い寒いとうるさく騒いでいたけどとりあえずご機嫌取りに缶コーヒーを 買ってやったらようやく大人しくなった。 それでもまだ寒そうに肩をすくめているから俺が暖めてやろうか?とからかうと言い終わる前から腹に蹴りが入った。
いつだって獄寺の言う事なら何だって叶えてやりたいとは思ってるけど。 思ってるだけで、本当はあまり実行できてない事は自覚してる。 昨日ももう帰るという獄寺を無理矢理泊まらせて、当然夜になったら無理矢理、まあ、色々あったりもして。 しまいにはこうやって朝っぱらからバッティングセンターにも付き合わせるし。 獄寺が機嫌を悪くするのも無理ないか、とさすがに罪悪感を覚えて、お詫び代わりにおでこにちゅってやったら 寒さのせいで既に赤らんでいた顔をもっと真っ赤にして、アホ、と消え入りそうな声で呟いた。
『獄寺って、本当、俺の事好きだよなぁ。』
なんて、そんなセリフ口にしようものなら殴る蹴るの大騒ぎになるから言わないけど。 でも絶対間違いなく、俺の事かなり好きだと思う。 俺がどんなに我が侭言ったって、文句を言いながらも最終的にはしょうがねぇな、って折れてくれるし。 それなのに端から見てると獄寺の我が侭に俺がつきあってやってるように見えるらしいからつくづく、損な性格してる なって思う。 だけどそれを教えてやったら、獄寺を好きになっちゃうヤツが出てくるかもしれない、と不安になって大変じゃないのか、 と聞かれても笑って誤魔化して否定してやらない俺は、やっぱズルイのかな。
「大体、何で休みの日にこんな早起きさせられなきゃなんねぇんだよ」
さっきまで大人しくしていたハズの獄寺が急にまたブツブツ言い出したので打席から振り返って様子をうかがうと どうやら缶コーヒーを飲み干してしまって暇を持てあましているようだった。もう1本飲むかと声をかけると、まあ当然だけど 首を横に振ってバカ、野球バカ、とか色々毒づきながら煙草に火を点ける。 で、わざと面白くないって風を装ってそっぽを向いて見せるけど、でも、本当は知ってる。 俺が前向いてバッティングを始めるとちゃんとこっちを向いてくれてるって事。 だって的をハズすたびに下手くそって文句つけるなんてずっと見てないと出来ない事だろ。 どうしていつもそうやって意地張って俺の事好きじゃないフリすんのか解らないけどでも、そういう獄寺が俺は可愛くて、 だからわざと愛されてないってフリをする。 たまに意地悪してからかってやると真っ赤になって、それもやっぱり可愛い。
可愛い。好き。凄く、好きだ。 一生分の『好き』を獄寺で使いきってしまうんじゃないかってくらい。 同じように、獄寺の一生分の『好き』を、全部欲しい。 ずっと、俺だけのモノでいてくれたらいいのに。 でも、俺達はまだ14歳で。一生、なんて想像さえつきやしない。
ブン、と派手な音で空振りしてしまった俺に獄寺がガタ、と慌てて椅子から立ち上がる音が聞こえた。 打者がいなくなっても規則的に飛んでくるボールが打席に次々と散らばっていく。 打席から出てきた俺を獄寺が怪訝そうに見上げてくるから 他に客がいないのをいい事に腕の中にしっかりと抱きとめた。
「俺、獄寺の事、好きだ」 「い、いきなり何言ってんだ。て、言うか離せ!」 「だって好きなんだもん」 「『もん』とか言うな!何甘えてやがんだ」
だって。 俺の背に回されたこの腕が、離れて行くなんて想像もしたくないんだ。 獄寺の今も未来も全部、俺だけのものにしたいんだ。 俺の今も未来も全部、獄寺にあげたいんだ。 何の保証もない、という事がこんなにも怖いものだと思わなかった。
いつまでも腕の力を緩めない俺に、獄寺は溜息をついて しょうがねぇなって呟いて頭を撫でてくれた。 急にキョロキョロするから何かと思ったら、頬に軽いキスをくれた。 それから、もう一度辺りを見回して今度は口に。 今日だけだからなって。もう何度も言わせてしまってる台詞と一緒に。
来年になっても今日だけだって、言ってくれるかな。 10年、じゃ足りない。100年先も同じ台詞で、俺の事甘やかして欲しい。 俺は、1000年経っても獄寺の事、好きだって言ってたい。
毎日、好きをあげるから。 だから、毎日好きでいて。
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