自転車をこぎながら、正面から受ける風は嫌いじゃない。 川沿いの土手を、一人で走る。道が悪いので何度もサドルが上下するが、それも嫌いじゃない。 夕日が沈む空を正面に、ハナウタを歌いながら走る。 友達とワイワイ騒ぎながら通るときと、こうやって一人自転車の上から見る景色と、同じはずなの に全く違うモノにみえて不思議だ。 こんなことで結構幸せだったりするのだから、自分は結構現金な男だと山本は思った。 今日帰ってみる番組のこととか、晩御飯のこととか。 考えていたとき、正面に人影が見えた。 それが一目で獄寺だとわかったのだから、やっぱり自分は天才だと頷く。
「おーい、ごくでらぁ!」 獄寺は土手沿いをゆっくり一人で歩いていて、自転車を必死でこいで近づいたところで、ようやく山 本のほうを振り返った。
「……なにしてんだよ」 獄寺はすこぶる機嫌が悪そうだった。 耳にしていたイヤホンを外しながらキッと山本を睨みつける。 「いや、近くで野球の練習試合してたから見にいってたんだよ。他校のだけど」 山本はこぐスピードを落として、獄寺に合わせて走る。 「獄寺は? 何してんの?」 「別に」 「散歩?」 「だから別にっていってんだろ」 「ここ景色綺麗だしなぁ。俺もこの道すきなんだよ」 獄寺の話を聞いてか聞かずか話を進める山本に、獄寺は何か言おうと口を開いたが、すぐ閉じる。 無駄だと悟ったらしい。 それからお互い何も言わずにいくらか進んで、ようやくポツリと本音をもらした。 「十代目が……」 「ん?」 「ここが好きだって言ったんだよ」 「ツナが?」 「そう」 こんなとき。 山本はすこし切なくなる。 ああやっぱり獄寺にとってはツナが全てなんだな。と、思い知らされるようで苦しくなる。 例えば自分がこの景色すきだといったのなら、獄寺はこんな風に一人、この道を歩いてくれるのだ ろうか。 「ま、だからお前は先いけよ。俺はもうちょっと歩いて帰るから」 一緒に行く必要なないのだと、獄寺が犬を追い払うみたいに手を振る。 山本は頷くしかなくて、再び自転車をこごうとして、ふと思いついてペダルをとめた。 「そうだ、獄寺。後ろのってけよ!」 「はあ?」 「どうせ景色見るなら自転車のうえからでもいいじゃん。一緒にいこうぜ」 「……お前がこぐんだろうな?」 「当然当然! ほら、座ることないけど」 「それは、別にいいけどよ」 自分の提案が思いのほか上手くいったのが嬉しくて、山本は自転車の後ろをトントンと叩いた。
「ほら、早く!」 「急かすんじゃねぇよ」 ズンと、自転車に重みがかかる。 それから獄寺の両手がそっと山本の肩に置かれた。 じわじわと体温が伝わってきて、心臓が脈打つ。それがばれるのが怖くて、山本は急いで自転車を 発進させた。 動いてしまえば振動で分からないだろう。 「俺さ」 「なんだよ」 「この道、自転車で走るの好きなんだよ」 「……へぇ」 獄寺は興味なさげに返事をしたけれど、肩をつかんだ両手はすこし力が入った気がした。 獄寺は何も言わない。山本も、何も言えない。 ただこの時間が終わってしまうのが嫌で、なるべくゆっくり自転車をこいだ。 赤い空が前から後ろに流れる。川は静かに流れる。 さっきまではハナウタを歌ってしまうほど陽気な気分だったのに、いまは少し切ない。 ただ獄寺のことばかりを考えていた。他のコトなんて、いまの頭の中には入り込む隙間がない。 なんだかとても苦しくて切ないのに、こんな時間がとても大切でかけがえのないものに思えた。 「……馬鹿野郎」 ふと、獄寺が小さく呟く。 「お前のせいで、台無しだ」 何が、とは聞かなかった。 友達と騒ぎながら通るときも。 一人で自転車をこいで走るときも。 こうやって獄寺と二人で走るときも。 全部同じ景色のはずのに、ぜんぜん違う。 獄寺の見ている景色も、さっきとまったく違うものになっていればいいと、そう思った。
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