「やまもと」 「んー?」 「なんでもねぇ」
日差しの温かい休日の午後。 昼飯を山本の家でちゃっかり頂いた俺は、だらだらとそのまま居座っていて。 かといって、特にすることもなく。 とにかく、ひたすら。 だらだらとしていた。 山本も山本で雑誌を見たりマンガをみたりしていて。俺もそれに「勉強しろ」と突っ込むこともなく。 平和といえば平和に。怠惰といえば、それ以上相応しい言葉もなく。 まあ、一言でいうなれば。
――暇だ。
ということなのだが。
普段なら嫌といっても構ってくる山本は、読んでいるマンガがよほどおもしろいのか、ベッドの上で寝 転びながら熱中している。
当然、俺はおもしろくない。
――山本のくせに、俺をほおっておくとは、いい度胸じゃねぇか。
かえる。 と一言いえばいいのだろうけど、別に今日はかえってすることもなく。十代目もおでかけで。 帰ってももっと暇なのは目に見えているのだから仕方ない。 普段は人の邪魔ばかりしてまったく役にたたないんだから、こんなときぐらい暇つぶしの相手になりやが れ、このヤロー。
と。思うことにした俺は、とりあえずどう山本に奇襲をかけてやろうか考えることにした。
素直に話しかけても、面白くないし。 「もっとかまえ」なんて、口が裂けてもいえないし。 突然ダイブして山本を潰してやるのは、中々いいかもしれない。 いや、それより突然キスとかしてやれば、びっくりするんじゃないだろうか。 いやいや、それはそれで俺がなんかヤだ。 マンガを取り上げるとかは、なんか構ってくれっていってるようなもんだし。 ――山本のくせに、俺を悩ませるとは、いい度胸じゃねぇか。
結局コレといったいい案も浮かばずに、無言で山本を睨む。 すると視線に気付いたのか、山本がふと俺を見た。 そして、
「ごくでら」
といって、ぽんぽんとベッドを叩いた。
「あんだよ」 「おいで」
ふざけんな、猫か俺は。いや、犬か? いや、どっちでもいいけど。 しつこく睨んでやると、山本は普段誰かに見せているものより、幾分優しいような嬉しいようなえろいよう な顔で笑って、もう一度ぽんぽんとベッドを叩いた。
「ごくでら」
いや、別に。 ただ俺は退屈をしていて。特にすることもなく暇をもてあましていて。 だから、そこに行くんであって。 けして、絶対。 山本のそばに行きたいから、行くんじゃない。
そう自分に言い聞かしてから、俺はいそいそとベッドの上にあがった。ベッドの下でゴロゴロしていた俺は、 とにかく立つのも面倒だったので、上半身をまずベッドにあげて、山本に引っ張られながら、引きずられるよ うに下半身をベッドにのせる。 すると、
「おいで」
山本の隣に来た俺に、コイツはまだそんなことをいう。 これ以上どこに行くんだとか思っていたら、マンガを掴んでいた右手を俺のほうに伸ばして、とんとんと腕を 上下に振ってきた。
「ほら」
なんだ、それは。おいこら、山本。 それはもしかして、世に言う『うでまくら』とかいうやつか? おい。 ふざけんな。いくら暇でも退屈でも、そこまでサービスしてやってたまるか。
とかいう、自分の声が聞こえてくるのに。 体が俺を裏切って、いそいそとその腕の上に勝手に頭を乗せていた。
「うん」
とかいう、山本の満足そうな声が聞こえる。 俺はといえば、のせた頭をどうしていいのかわからなくて、ベッドのうえで直立しているような形で固まってしまっ た。 うでまくらなんて、家族にもされたことないのに、どうすればいいのかなんてわかるわけない。 そうやって上を向いたまま動けないでいる俺の頭を、山本がそっと引き寄せる。
「時間、とまればいいのにな」
俺もそう思う。なんて、口が裂けても言えやしないけど。 野球部で鍛えた腕はゴツゴツしていて、あまり枕としては上等ではないし。引き寄せられた先にあった胸からは、 うるさいほどの心臓の音が聞こえてきて、寝れやしないし。
それでもそこにある体温だけは、少しだけ、ほんの少しだけ居心地がいいかもしれない。
「ばーか」
返事の変わりにそういえば、山本の嬉しそうな声が聞こえてきて。
とりあえず。これで山本はマンガを読めないし、俺の暇はちょっとだけ解消されたので。
もう少しだけ、この寝心地の悪い枕の上にいてやってもいいかもしれないと思った。
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