ログ 初デート


 

Y

 獄寺とデートをすることになった。
 やばい。緊張する。

 何度も何度もデートに誘って、ようやくオッケーを貰ったんだから、それも仕方ないと思う。

 ガラにもなく鏡の前にたったりして、オヤジに気持ち悪がられたりしたけど、それだって仕方ない。

 だって、明日は獄寺とデートするんだぜ?
 大事な試合の前の日だって、こんなに緊張はしなかったと思う。九回裏二死満塁でバッターボックス
  に入った時の気持ちには、少し近いかもしれない。

 テスト前だってろくに向かわない机の上に紙とペンを乗せて、頭をひねって明日の予定を立ててみた
りとかして。
 
 われながら舞い上がってるとは思うけど、学校のない日にも獄寺と会える。
 そのことが嬉しくて楽しくて。でも初デートじゃんこれとか考えたら、緊張して手が震えて。

 もしかして、こっそり手を繋げたりとか。
 いや、それよりもっと先だって……。いやいや、あんまり張り切りすぎるとろくなことがないんだ。


 明日が楽しみで、仕方ない。
 早く、獄寺に会いたい。


G

 山本に、遊びに行こうと誘われた。
 その日は十代目もお出かけで特に予定もなかったので、頷いたけど。
 
 ちょっとまて。よく考えろ。
 確かちょっと前に山本に「好きだ」とか言われて、その……付き合うことになったわけで。

 てことは何か? これはいわるゆる、デートか? デートなのか!?

 考えれば考えるほど、何だか自分がものすごく恥ずかしいことをしようとしている気がする。
 いやいや、相手はあの山本だ。そんな深く考えてるはずがない。きっとただ遊びたかっただけのはず
だ。

 そう言い聞かせるものの。
 落ち着かない。無意味に歩き回ってみたり、鏡を覗いてみたり、携帯を開いたり、閉じたり。
 
 いますぐ山本に電話でもして、やっぱり明日やめるとかいったら、このやけにソワソワするのは治る
んだろうか。
 でもソレだって、考えるだけで実際に実行はしようとしていない自分がいて。


 楽しみにしている。なんて、そんなはずない。ぜったい無い。


Y

 目覚しより早く起きたのなんて、ほんといつぶりだろう。
 とりあえず起き上がって、カーテンを開ける。よし、いい天気だ。

 
 いつもより念入りに歯を磨いて、顔を洗う。昨日タンスをひっくり返して探した服と、普段はあまり
つけないワックスを念入りにつけて、鏡の前でにらめっこをする。

 獄寺に会うんだから、それぐらい当たり前だろう?

 制服以外で会うことも今まであったけど、今日は特別だ。
 だって二人きりの、デートなんだから。

 がっかりされたくないし。幻滅されたくない。嫌われたくない。出来るならもっと好きになって欲し
い。
 俺の頭の中みたいに、獄寺の頭の中も俺でいっぱいになったらいいのに。

 
 忘れ物がないか念入りにチェックして、最後にもう一度歯磨きをする。
 もしもってことがあるかもしれないし。


 もう一つおまけにミントのガムをかみながら、時間より早くつくように家を出た。

 
 いい風がふいている。
 口笛をふく、足取りが軽い。


 獄寺に、会える。 

 

G

 目覚しの前に起きるのなんて、ほんといつぶりだ。十代目をお迎えにいくときはいつもだから、そん
なに珍しくもないのか。

 いや、めずらしいに決まってる。だって今日会うのは十代目じゃなくて、山本なんだから。

 タンスの中からお気に入りの服をとって、でも山本に会うのに一番気に入ってる服で出かけるとかど
うなんだよ俺とか思って、その横の服を乱暴にとりだした。

 
 朝飯を一緒に食おうとかいってたので、小さなパンだけ口に放り込んで、歯を磨く。
 別にいつもより念入りに、とか。そんなわけじゃないけど。
 ちょっと時間をかけて、歯を磨いて。

 最後にもう一度鏡の前にたって、部屋をでた。
 
 いい天気だ。山本に会うのなんか、もったいないぐらい。
 思わずにやけてしまう自分に言い訳をしながら、歩く。


 きっと山本はただ遊びに行くぐらいしか思ってねーのに。
 俺だけこんな余計なことで頭がいっぱいで、ずるい。


 ちくしょう、山本なんか嫌いだ。

 


Y
 やっぱり時間よりも早く着いた。
 たくさんの人が前を行き来して、その中にまだ来ないだと分かっていても、獄寺をさがしてしまう。


 なんだかそわそわして落ち着かない。獄寺獄寺獄寺獄寺。

 と。
 獄寺のことばかり考えていたら、まだ時間よりもだいぶ早いのに、獄寺がきた。

「獄寺!」

 と俺がよぶと。

「……はやいじゃねぇか」

 と帰ってきた。

「獄寺の方こそ早いって!」
「文句あんのかよ、目が覚めたんだよ」
「ないない、全然ない!」

 何だか獄寺、すごい機嫌悪そうなんですけど。
 とりあえず朝飯だって話になって、近くの店でハンバーガーを買って食べた。

「獄寺、チーズ好きなのか?」
「文句あんのか」
「ないです」

 文句は全然ないけど。
 獄寺の好きな物を発見できて、すごく嬉しい。

 
 その後一通り買い物をして、今流行の映画を見に行く頃には獄寺の機嫌がもっとわるくなっていた。

 俺は獄寺といてすごくすごく楽しいけど、獄寺はそうじゃないんだろうか。
 
 すこし、不安になる。

 

G

 どうせ山本のヤツはまだだろうと思って時間より早く行ったら、すでに奴がいた。
 山本が来たのを見計らってから、少し遅れて出て行ってやろうと思って俺は、ばつが悪い。
 だって時間より早く来るなんて、なんだか今日を俺がよっぽど楽しみにしてたみたいじゃねぇか。

 時間まで隠れていようかと思っているうちに、山本に発見されてしまった。

「獄寺!」

 と、嬉しそうな顔をして近寄ってきやがる。

「……はやいじゃねぇか」

 悔し紛れにそういえば、やつはにこやかな顔で、

「獄寺の方こそ早いって」

 などと抜かしやがる。
 うるせぇ。

「文句あんのかよ、目が覚めたんだよ」
「ないない、全然ない!」

 そういうコイツの顔がものすごく嬉しそうで、困る。
 なんだお前、俺に会うのがそんなに楽しいか。


 朝飯を食おうとハンバーガーを買えば、山本がテキヤキを買っていた。
 そんなあまったるいもん、よく食うぜ。

 いっとくが、俺はだな、お前の好きなもんなんかに、全然これっぽちも興味ねぇんだからな!
 
 そのあと買い物をして、映画を見に行くことになった。
 ていうか、なんなんだコレは。

 思いっきりデートみたいじゃねぇか。
 山本をつよく睨むと、呑気な笑顔が返ってきた。
 
 意識してるのは、俺だけかよ。馬鹿野郎。冗談じゃねぇ。

 呑気でいつも通りの山本を、なんだか無性に殴り飛ばしてやりたいと思った。


Y


 映画館は、ほどよく暗い。
 俺は、ここがチャンスだと獄寺と付き合う前から考えていた。

 そう、手を繋ぐならいまだ。

 ドキドキという胸の音がうるさくて、映画の音なんてまったく聞こえない。

 獄寺を横目で盗み見ると、じっと真剣な目で前の画面を睨んでいた。
 こっそり獄寺のほうへ手をのばすけれど、今一歩のところで勇気がでない。


  
 映画なんて、見てる余裕はない。手に汗かいてきた。
 獄寺の目は画面から離れない。どことなく、やっぱり不機嫌に見える。

 一瞬だけ獄寺の目が画面から逸れて、俺を見た。
 びっくりした俺は思わず目をそらしてしまって、その後獄寺から小さな舌打ちが聞こえた。


 やばい。やっぱり獄寺怒ってる。
 それだけでもう、手を繋ぐ勇気なんてどこかに飛んでいってしまって。

 そのまま映画が終わってしまった。
 
 映画の内容は全然分からなかったし、獄寺と手はつなげないし。
 俺はかなりがっくりきていて。

 きわめつけに映画館からでたら、ツナがいた。
 隣にいるのは、あれは笹川だ。妹のほう。
 
 まだ遠くにいるから獄寺は気付いていないけど、もしツナを見つけたらきっと走っていくだろう。
 俺なんか忘れて。
 今はすごいムッとした顔をしてるくせに、きっとすごく嬉しそうに笑うんだろう。

 本当に獄寺を思うなら、ツナがいるぜって教えてやるべきなんだろうけど。
 
 嫌だった。子供じみてるっていわれても。
 俺だけを見てて欲しい。今だけでも。

「獄寺……あっちに」

 わざと違う方向を指差して、獄寺の目をそらす。

 付き合ってるのは俺なのに、そんなことをしなければならないなんて。ほんと、情けない。
 
 獄寺が好きだけど。
 獄寺はやっぱり俺を好きじゃないのかもしれない。


 デートだなんて浮かれてたのは、俺だけだったのかもしれない。
 
 そとは随分と暗くなっていて。
 それでもやっぱり獄寺と別れる時間が近づいてくるのは切なかった。

 


G

 映画はたいしておもしろくなかった。
 よくわからないアクション物で、ただ音がおおきいだけじゃねぇか。

 まわりをみれば何人か寝てるやつもいるし…。
 
 それより、何より。
 映画館はなんだか薄暗い。俺と山本は仮にも、その……付き合っている、わけで。

 普通コレは、手を繋いだりとか、するもんじゃねぇのか? 
 いや、別に俺は期待しているとかそういうわけじゃなくて。ただ世間一般的に、普通はそういうもん
じゃないのかと、思うだけなんだが。

 そう考えはじめたら、もう映画なんか頭にはいらなくて。
 でも山本の方を見るなんてもっとできなくて、ひたすら前を見続けた。
 
 それなのに、山本は何もしてこない。
 おい、いい加減映画おわるだろ。コレ。

 すこしムッとしてためしに横を向いたら一瞬山本と目が合って、いきなりそらされた。

 おい、なんだそら。

 腹がたった俺は、わざと山本に聞こえるように舌打ちをした。


 何なんだよ、お前は。
 好きだっていったのも、遊ぼうなんて声をかけたのもてめぇだろうが。
 それとも、やっぱり付き合ってみたら違ったとか。そういうことなのか?

 結局何も起こらず、映画は終わった。
 いや、起こって欲しかったわけじゃないが、これはこれで何だか腹立たしい気がする。


 ふと映画館から出ると、十代目がいた。
 少し遠かったので、十代目は俺たちに気付いていないようだが。

 隣にいるのは笹川か。なるほど、十代目。今日はデートだったんですね。
 楽しそうに笑ってる十代目を祝福するべきなのに、どこからか羨ましいなんて考えが沸きあがってきて
いそいで振り払う。


 本当なら。
 部下として、ボスに声をかけるべきなんだろうと、思う。

 山本なんてほって、お邪魔でなければ何か十代目のお手伝いだってしたい。
 でも。

 こんなに山本に腹が立っているのに、一緒にいたいと、思ってしまう。
 何だかよく分からない。自分の感情が。

「獄寺……あっちに」

 ふと、山本が声をかけてきた。
 俺は、黙ってその方向を向く。


 今日だけだ。後にも先にも、今日だけ。
 お前を、とってやる。


 十代目に心の中で深く頭を下げながら、山本の隣をあるいた。
 

Y

 別れの時間は、すぐにやってきた。

 一言、二言。くだらない会話をすると、獄寺は笑ってくれた。
 映画館を出てから、すこしだけ機嫌がもどった気がする。少しだけだけど。

 人通りのない道を、わざと選んで歩く。
 獄寺の手はポケットにしまわれていて、やはりつなげそうにないけれど。

「じゃあな、俺。こっちだから」

 道が分かれて、獄寺が手を振る。大きな月を背中に背負った獄寺の笑顔が、とても綺麗でやっぱり帰
したくない。

「うん」

 獄寺が、背をむけて歩く。
 少しづつ少しづつ、獄寺の背中が遠くなる。

 それが、ひどく切なかった。

 振り向いて、くれねぇかな。
 くれないだろうな、たぶん。

 獄寺。獄寺。獄寺。
 なあ、俺は、めちゃくちゃお前のことが好きだよ。
 
 不機嫌でも好き。笑ってくれなくても、好き。手がつなげなくたって、好き。ツナのことが大好きで
も、好き。俺のこと、好きじゃなくても好き。

 それでも、やっぱり。

 笑って欲しいし。手だって繋ぎたい。ツナより俺のこと好きになって欲しい。
 もっと声が聞きたい。笑った顔がみたい。一緒にいたい。一分一秒でも。

 いま大きな声で名前を呼べば、振り返ってくれるだろうか。
 でも、振り返ってくれなかったら、どうしよう。


 なあ獄寺。俺、きょうめちゃくちゃ楽しみだったんだ。
 だから獄寺も、当然のように楽しみにしてくれてるなんて思ってて。馬鹿だよな。俺。

 楽しみにしてたぶん終わったときの反動が大きくて、去っていく獄寺の背中が切なくて涙が出た。

 

G

 映画館を出てから、なんだか山本の元気がない気がする。
 人通りのない道を進んで、くだらない話をすると、山本が笑う。

 そうだ、お前はそうやって笑ってればいいんだよ。

 分かれ道。俺は自分の家の方角へ進む。

 
「じゃあな、俺。こっちだから」


 そういって手を振れば、山本がへらりと笑った。
 その笑顔に、やっぱり力がない気がするが、俺は背をむけて歩きだした。


 結局、ただ遊んだだけだったな。
 デートだとか、すこしでも考えた自分を殴り飛ばしてやりたい。

 
 別に、何かを期待していたわけじゃないけど。
 それでも、何か物足りない気がする。
 なあ山本。お前、俺が好きだって言ったよな?
 それともアレは、友達としてって意味だったのか? こういうとき、それがわからなくなる。

 山本は誰にだって笑う。誰にだって優しい。
 別に、俺だけになにか特別なわけじゃない。

 なら俺がお前と付き合ってる意味って、何かあんのかよ? 俺だけお前に振り回されてる、だけじゃ
ねぇか。


 俺をこれだけ好きにさせておいて、お前はいつだってずるい。
 
 振り返ったら、まだ山本はいるだろうか? いや、きっとアイツのことだからさっさと帰ってるに違
いない。

 振り返るか? いや、このまま帰ったほうがいい。

 そんなことをぐるぐると考えて、ぴたりと足を止めて後ろを振り返った。

「……山本?」

 山本はいた。ただまっすぐに俺をみて、泣いていた。

「おま、なんで泣いて……」

 いそいで駆け寄れば、山本が涙と鼻水の情けない顔で、

「獄寺ぁ」 

 といった。
 
「振り返って、くれないと思った」

 いや、振り返らないつもりだったけど。
 それから途切れ途切れの鼻声で、意味不明な言葉を言う。

「俺、楽しみに……ツナより……俺、お前、好きに……」

 いや、ほんと意味わかんねぇよお前。
 仕方ないので頭をなでてやれば、鼻をすすって、

「獄寺が好きだ」

 今度はしっかりした声で言った。

 俺だって好きだ。と思ったけど、うまく言葉がでない。

「手」

 仕方ないので、俺がそれだけ言うと山本がぽかんとした顔をする。

「手、だせ」

 すると山本はわけがわからないという顔をしながら、手を出した。
 俺は、その手をだまって掴む。

「俺んちまで、送れ」

 山本はやっぱり少し間抜けな顔をして、笑った。

 

 
 俺は、お前がよく分からない。
 お前が何を考えているのか。何が好きで、俺のどこがいいのか。
 分からないからきっとすれ違うし、これからも喧嘩もたくさんするんだろう。
 

 それでも、一緒にいるんだろう。きっと。

 お前が好きだから。 

 

たくさんの拍手ありがとうございました!