「で、お前はどっち応援してんの?」 「いや、だから……」 「ながったらしい名前は覚えねぇぞ」 「え〜、帽子の黒いほう」 「最初からそういえよ、馬鹿やろー」 いやいや獄寺、じゃあお前は今までの俺の解説をどう聞いてたんだ、とか。 そんなことを突っ込んで恋人の機嫌を損ねてはたいへんなので、俺はいつもどおりの笑いを 浮かべて「ごめん」とあやまった。 穏やかな風が吹く。秋風のにおいだ。 小さな橋の上から見える小さな広場では、小学生の草野球が開かれている。 その橋にもたれかかるようにして、俺と獄寺は隣にあわせに立っていて。
俺の左手と獄寺の右手が、つながれて夕日に照らし出される。
「んで、いまそっちが勝ってるんだよな?」 「いやいや、だから黒いほうが負けてるんだって」 「へぇ」 続けて俺が一つ二つ解説をするけれど、獄寺はまったく興味がないといった風にうなずいて、 煙草の煙を空に向かって吐き出した。
「まだまだ時間かかるのか?」 「いや、もう九回裏だし、もうすぐ終わる」 「へぇ」
それでも獄寺はやっぱり気の無い返事を返してくる。 そりゃ、すこしはそんな獄寺の態度に不安になったりする。 それでも獄寺は繋がれた手を離そうとはしないし、帰るともいわないし、声に出して興味ないと いったりせず、一応は色々きいてくれたりする。 それだけで、俺はとてもとても幸せな気分になって、ずっと試合が終わらなければいいのにと思っ たりしてしまうのだ。 すこし顔を向けて獄寺を見る。 獄寺はまっすぐ小さなグラウンドを見つめていて、夕日に照らされた顔が赤かった。
「あ、打った」 俺がバカみたいに獄寺をみている間に、ヒーローが誕生したらしい。獄寺の視線の先には、逆転 ホームランを打って歓声をあびている小さな背中があった。 「お前の応援してるほう、勝ったじゃん」 そうだな、よかった。と、言おうと思って。 獄寺のほうを向いて、俺は言葉に詰まってしまった。 「どうした?」 獄寺が不思議そうに首を傾げて俺をみる。 「いや、なんだも。ない」 とはいったものの、説得力はなかったらしい。顔が赤いのを夕日のせいだけにするのは無理があっ たので、下をむいてつないだ手にぎゅっと力をこめた。 「山本?」 不思議そうな戸惑うような気遣うような、優しい声。 だって獄寺。俺は、お前が好きなんだよ。 「ごめん、ちょ、嬉しくて」 「お、おう。よかったな、勝って!」 「ちが、そうじゃ、なくて」
休みの日にどこかに行こうと誘ったら、獄寺は思いのほかあっさりと了解してくれた。 どこに行きたいかと聞かれたら、お前の行きたい所でいいよと、あんま興味なさそうに言ってて。 やっぱ仮にも付き合い始めた二人がデートするんだからそれなりにと思って、いろいろ映画とか調べ たけど。 俺はお前を何にも知らなかった。 何の映画を好きなのかも知らなくて、何の食べ物が好きなのかも知らなくて。 それを考えたら、無性に切なくなって。 きっと俺がお前を知らないように、お前も俺を知らなくて。
知りたいと思ったし。 知って、ほしいと思った。
だから、野球に誘った。俺の好きなもの、知って欲しくて。 「山本?」 だから、嬉しかった。お前が俺の好きなものを、一緒に応援してくれて、喜んでくれたから。 どうしようもなく。他に言葉もなく。 嬉しかった。 「獄寺」 「おう」 「好きだ」 獄寺は何も言わずに、困ったようにすこし笑った。
「次はさ、獄寺が行きたいところ決めろよな」 「別にねぇよ」 「無いことはないだろー! 俺さ、お前の好きなものとか、たくさんしりたい」 「だから……っ」 帰り道。わざと人通りの無い道を選んで遠回りして、手をつないで歩く。 俺の言葉に獄寺はちょっと眉間に皺を寄せて、言葉を続けた。 「お前の、い、行きたい所でいいっつってんだろが!」 普通に言えば、興味がないんだと聞き逃しそうな言葉なのに。 なあ、獄寺。 そんな顔を真っ赤にして言われたら、俺はほんとにバカだから、期待しちまうって。 「それってさ、どういうこと? 獄寺」 「ど、ど、どういうって! そのまんまだろうが!」 「それってさ、獄寺が好きなものは俺ってこと?」 「ちげぇよ! ちげぇよバカ! このバカ!」 そういう獄寺の顔が可愛くて。握った手と手のあいだが熱かっ たから、俺はそのままうぬぼれることにした。 機嫌の悪そうな獄寺にそっとキスをすると、もう一度「馬鹿」といわれた。 ああ、そうなんだ。俺って、本当に馬鹿だから。 こんな馬鹿を幸せにできるのはお前だけなんだから、最後まで責任を取って欲しい。
取りあえず次のデートの約束を取り付けて。 帰る道すがら、獄寺の好きな歌を一つ教えてもらった。
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