|
何が辛い? と聞かれたら、迷わず「煙草がすえない」と答える。 耳を騒がせてくる喧騒。笑い声。 学生生活最大のイベントと人はいうけれど、獄寺にとっては鬱陶しい行事の一つにすぎない。 修学旅行。彼らは京都にきていた。 目の前に灰皿があるのに煙草のすえない拷問のような状況でバスに揺られて、ついた観光地は 人ごみで。何が楽しいのかがわからない。 (まあ、十代目が楽しそうだから、いいけど) ちょうど班には笹川京子がいて、もうそれだけでツナは幸せそうだった。できるなら邪魔したく はないけれど、こんな見知らぬ地で大切な十代目から目を離すわけには行かない。こんなに大勢の 人のなか、どこで敵がねらっているかもわからないのだから。 ざわざわと竹林が風にゆられて音を立てる観光地を歩く。どれだけ風流で美しいのか知らないが、 この人いきれでは景色をたのしむどころじゃない。 班行動とはいっても何人かは仲の良い友達と一緒にどこかにいってしまっていて、獄寺の班の人 数もだいぶ少なくなってしまっていた。というか三人しかいない。楽しそうの喋るツナと笹川の少 し後ろを見失わないように歩きながら、ため息をついた。 (本当は、二人きりにして差し上げたいけど) 自分は山本のところにいってもいいのだし。と考えて頭を横に振る。 これではツナを喜ばせたいのか自分が山本に会いたいのかわからない。 (今頃あの馬鹿、アホ面して買い食いでもしてんだろうな) メールでもしてやるかと携帯を開いてやめる。会いたいといってるみたいでいたたまれない。 山本なんかどうでもいいと言い聞かせながらも、つい考えてしまうのだ。いまここに山本がいれば、 この人ごみもそれほど苦ではなかっただろう。きっとこっそり手を繋いできたりして、ツナと笹川の 二人に気まずさを感じる間もなかったはずだ。 だいたいなぜ山本はあんな苗字なのか。もっと出席番号が近ければ同じ班だったのに。マフィアな ら常にボスを守らねばならないのに、やっぱり山本はファミリー失格だと、八つ当たりのように獄寺 は心の中で毒づく。 (山本の馬鹿野郎) そもそも山本が班を抜け出してきたらいいのだ。それなのにメールのひとつもよこさないなんて。 (俺のこと好き好きいってるくせに) どうせ今頃自分のことなど忘れて楽しそうに笑っているに違いない。そう思ったら悔しいのか苦し いのか切ないのかわからないけれど、胸がいたんだ。 そんなことを考えていると思わずツナを見失いそうになって、あわてて背中を追いかける。 ああまったく。どうしてこんなに人が多いのか。ぶつかる肩をいちいち睨みつけながら歩いて、そ こで見つけてしまった。 正面から歩いてくる、頭一つ飛び出ているアホ面。 「山本」 本来ならこの人ごみ。偶然会えるなんて可能性のほうが低くて。見逃してしまってもおかしくなく て。 それでも、見つけてしまうのか。 (楽しそうじゃねぇか) 山本は班のメンバーに囲まれて、楽しそうに笑っていた。 (そら、メールなんか送ってくる暇ねーわな) 自分がいなくても、あんなに楽しそうなのだから。 「え? 山本?」 獄寺の声に反応してツナが何度か目線を振って、山本を見つける。 「あ、ほんとだ。山本―!」 ツナの声がきこえたのか、山本もこちらをむいて手を振ってきた。 「あ、ツナー! 獄寺も!」 馬鹿面をして手をふりながら山本がちかづいてこようとするけれど、人の流れでうまくいかない。 それでもすこしずつ近づいてくる山本に、不本意ながら心臓が高鳴った。 「あー、駄目だいけねー!」 「俺もごめん止まれない!」 前へ前へと押してくる無数の人の意思にさからえず、逆の方向にお互い押し流されてしまう。 もう、少しなのに。手を伸ばせば届くのに。 「また後でねー!」 諦めたツナが叫ぶ。山本が離れて行く。 (せっかく) 会えたのに。なんて、そんな女々しいこと思うことも許せないけど。それでも思わず伸ばした手は 止められなくて。 (山本) 胸の中で叫んだ名前が届いたのかはわからないけれど。ただまっすぐ山本に伸ばした手に触れる暖 かさがあった。 「え」 何だ。と疑問に思う前にその手を握り締められる。考えるまでもない、山本だ 。 「獄寺っ」 顔を向けると山本と視線があって、一気に体温があがる。けれどその手を握りかえす前に、人ごみに流 されて離れてしまった。 「獄寺くん?」 そうしている間にもツナは前へと進んでしまっていて、追いかけないと見失ってしまう。山本はもう前 を向いて歩いていて、獄寺もまたツナを追いかけるのに小走りになった。 (手が……熱い) あんなのは、ずるい。不意打ちだ。卑怯だと思う。 自分がもし手を伸ばしていなかったら、あの手は空を切っていただけなのに。まるで獄寺が手を伸ばし ているなんてわかりきっていたように掴んで。おかげでもう、頭の中は山本で一杯になってしまった。 (十代目、十代目をお守りするんだ。俺は) 山本のことなんてどうでもいい。と頭から振り払おうとしたとき、携帯がポケットで振るえた。おそる おそる取り出して開けば、メールが一件。 (馬鹿じゃねーの) 誰からなんて見なくてもわかる。開けばやっぱりそこには山本の名前があって、 『あいたい』 とただ一言かかれていた。
|