どうしてこんなに好きになってしまったんだろう、と。
 そんなことを、時々考えてしまう。
 

3

「……山本くん、駄目?」
 人通りの多い観光地とはいえ、一本裏筋に入れば別世界にきたように静かになる。すぐ
近くで聞こえる喧騒も、どこか遠いもののように思えるから不思議だ。
 ツナや獄寺と班がわかれてしまった山本だけれど、持ち前の人当たりのよさでそれなり
に楽しい修学旅行をおくっていて。ついさっきまでも友達と一緒にお土産を選んでいたと
ころだった。
 それが突然ちいさな白い手に引かれて、裏路地につれこまれてしまったのである。
 一瞬影から手を引かれたときは獄寺かと思ったけれど、違った。名前は知らないけれど、
同じ学年の女子生徒で。
「あー、うん」
 店の間にはさまれた細い通りに、二人きり。ときどき頭の上のほうで窓が開いたり閉まっ
たりする音がきこえる。そこで、その少女は迷わず「山本くんが好き」といった。
(修学旅行で告白って、よくあるパターンなんだよな、確か) 
 部活の先輩も確か修学旅行で彼女をつくったといっていたし、どうやらイベントごとの一
つらしい。変に納得したような気持ちで、山本は内心でうなずいた。
 じっ。と、目の前の女子生徒を見てみる。小さな体に、栗色の長い髪の毛。白い肌に、柔
らかそうな唇。ああ可愛らしい子だな、と思う。
(例えば……)
 もし、自分の恋人がこんな女の子だったら。班を抜け出して二人、手を繋いだり川辺でソ
フトクリームをたべたり、こっそりキスしたりできるんだろう。友達にひやかされながらも
自慢して、楽しい修学旅行を送って、誕生日だって一緒にいてくれるんだろうか。少なくて
も恋人より「十代目」をとるということはないだろう。
 修学旅行の間メールの一つもおくってくれない獄寺に、山本は少なからず拗ねていた。 
「山本くん?」
 いつまでたっても返事をしない山本にじれたのか、先をうながすように名前を呼んでくる。
それには「ああ」と生返事で応えて、困ったように頭をかいた。
(ていうか、獄寺もこんな風に告白されてたらどうしよう……)
 獄寺だって、もしかして可愛らしい女の子と一緒に遊びたいとおもってるかもしれない
 たとえメールを送ってくれなくても、一緒に修学旅行を過ごせなくても。目の前に可愛らし
い女の子がたっていても。
 やっぱり頭の中は獄寺のことばっかりなのかと思ったら、少し自分でも嫌になった。 
(獄寺、獄寺……)
 会いたい。とても。
 どうしてこんなに獄寺が好きなのか。さっきまではそれなりに楽しくやっていたのに、ちょっ
としたことでもう、獄寺のことしか考えられなくなってしまう。
 とりあえず目の前の女子生徒には「ごめん」と丁重に断って、班の友人のところに戻ったけ
れども、もうさっきまでのような楽しい気分にはなれなかった。
「山本、やっぱお前もてるよなー」
「さっきの女子、めっちゃ人気あるんだぜ? ふっちゃったのか?」
 からかい半分興味半分でひやかしてくる友人に適当に相槌をうって周囲を見渡すけれど、やっ
ぱり獄寺はいなかった。

 ここにはこんなに人があふれていて、どこかに必ず獄寺がいるのに、あえないなんてふざけ
ている。
 
(浮気とかしてないよな)
 してるはずがない。と思っていても、不安になる。だって修学旅行だし。女の子だって積極的に
なっていて。もし強く迫られたら、意外と女子に優しい獄寺は断りきれないかもしれない。
「じゃあ今度は、あっちのほう行こうぜ。竹林のとこいって、写真とっとかないとまたセンセイら
におこられるし」
 てきぱきと行動していく周りに合わせて歩く。どこからそんなに湧いてくるのかというぐらい人
が多い。その点周りより頭一つ身長の高い山本は得だ。 
「あっちだ」
 人ごみの中でなんとか地図を広げて道を探しだす友人の、すぐ後ろを歩く。修学旅行生に紛れてあ
るくお年寄りがあちらこちらに肩をぶつけて転びそうになっているのを助けて。よかったな、と友人
と笑って。前を向いたとき、聞きなれた声が届いた。

「山本―!」

 名前を呼ばれて辺りを見渡せば、手をふる親友の姿がみえる。
「あ、ツナー!」
 手を振り替えしながらも、もう目線は違うところを捜していた。
 いるはずなのだ、彼のすぐ近くに。
「獄寺も!」
 ツナのすぐ後ろ。つかず離れずの距離に見慣れた銀色を見つけて、山本は叫んだ。
(獄寺、獄寺、獄寺……!)
 ツナの横には笹川京子がいるけれど、獄寺のよこに女子の姿は見当たらない。山本はほっと胸をな
でおろす。そして手をふりながら、三人のほうへ近づこうとするが、人波のせいでどうも上手くいか
ない。
ツナも必死でまとうとしてくれているのがわかるのだけど、無理のようだ。
「あー、駄目だいけねー!」
「俺もごめん止まれない!」
 前へ前へと押してくる無数の人の意思にさからえず、逆の方向にお互い押し流されてしまう。
 もう、少しなのに。手を伸ばせば届くのに。
「また後でねー!」
 諦めたツナが叫ぶ。
 獄寺が、離れていく。嫌だ、と思った。せっかく会えたのに。
 攫ってしまいたい。そう思って人ごみの中をかきわけて獄寺の方向に手を伸ばす。当然それは届く
ことなく空をつかむ。
 はずだったのに。
「あ」
 真っ直ぐに、自分の方向に伸ばされている手があって。もしかして、と考える前にそれをつかんで
いた。
 この手を知っている。少し火傷があってかさかさしている手のひら。指輪だらけの指。冷たい温度。
いつか手のひらが冷たい人は心が優しいんだって、という話した。
「獄寺っ」
 名前をよぶと目があって、その瞬間に力をこめて引き寄せようとしたけれど、人の流れと手のひらの
汗でうまくいかず離れてしまう。
 どんどんと少しずつ確かに離れていく距離。それにあせって、慌てて山本はポケットから携帯を取り
出した。
 メールを開いて、文字を打つ。指が震えてうまく打てないから、ひらがなのまま伝えたい言葉だけを
電波にたくした。

『あいたい』

 さみしい。不安。一緒にいて。
 そんな思いを一言に託して送れば、すぐに返事が返ってきた。
「山本、なんかいいことあった?」
 後ろからゆっくりついてくる山本を振り返って、班の一人が首をかしげる。山本はそれに「なんでもねー」
と返して、携帯をポケットにしまった。
(我ながら、単純だよな) 
 獄寺から帰ってきた一言を頭に浮かべて、自然とゆるむ口元を引き締める。

『ばーか。おまえも我慢しろ』

 ただそれだけ。
(おまえも。とか)
 獄寺も会いたいと思ってくれてると、そう解釈していいのだろうか。

 

 どうしてこんなに好きになってしまったんだろう、と。そんなことを考えるときがある。
 不安になったり疑ったり、傷つけたりして。会えないのに会いたくて、悲しくなって。だけどこんな
風に時々少し素直になってくれたりする。それが嬉しい。それだけで不安なんて飛んで行ってしまう。

(獄寺、好きだ)

 好きだ、好きだ。好きだ。
 と、そんな気持ちばかりが高まって。

 それでもやっぱり会いたいよ、獄寺。という思いは、外にはださずそっと胸の中にしまった。 

 

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離れていてもイチャイチャ、イチャイチャ。
あれ、なんかあまり誕生日関係ない気がする。というのはね、きのせいですよ。