音質の悪い館内放送が、部屋に響く。
 昼間の自由行動を終え、短い休息を取っていた生徒達は、放送を聞くなりザワザワと騒ぎ始めた。
 獄寺も暇つぶしにめくっていた雑誌を閉じ、ツナに視線をうつす。

「十代目、風呂の時間だそうですよ」
「あー、そうだね」

 獄寺達が泊まっている旅館は、お世辞にも綺麗だとか新しいといえるものではなかった。
 部屋もそこかしこにヒビが入っていたり、妙なシミがあったりして、それらを隠すための不気味な掛け軸がまた破れかぶれで哀しい。
 ただ建物だけはとても大きく、与えられた部屋も一クラス分ぐらいの男子なら寝られるだけの広さがあった。実質獄寺のクラスは皆その部屋に放り込まれ、その広さを満喫することはできそうもないが。

「えっと、山本も誘った方がいいよね」

 風呂へ行く準備をしながら山本を探すツナに、獄寺は部屋の隅を指さして「山本ならあそこでバカ面してます」と毒づいた。
 山本もこちらを捜していたのだろう。目が合った瞬間に、犬が尻尾をふるように嬉しそうに手を振ってきた。

「おーい! 一緒に風呂いこーぜ!」

 あまり大きな声をだすと天井が落ちるぞ、とどこからかからかう声が聞こえた。

 


 男だらけの脱衣所は、大変むさくるしい。
 無駄に広い大浴場とはいえ、脱衣所にはそれほど余裕があるわけではない。
 そこに、いっせいに男子生徒が押し寄せているのだから仕方が無いというものだ。

「オレ、こんな大勢で風呂はいんの初めてなのな」
「こんな機会めったにないしね。オレもランボとならあるけど……」

 オレも山本とならありますけど、などと言えるわけもなく、代わりとばかりに隣にたつ野球馬鹿の尻を蹴り上げた。

「ってー! なんだよ獄寺!」
「なんでもねーよ、この馬鹿」

 非難の声をあげる山本を一瞥して、獄寺は自分のシャツの裾を掴む。当然、脱ぐためだ。
 すると、先ほどまでうるさいぐらいに喋っていた山本が口をつぐんだ。
 同時に隣から刺すような視線を感じたが、あえてそれには気付かないふりをして、一気に脱いでしまう。 
 そのまま軽く前をタオルで隠して、一目散に風呂場へ入っていく。追いかけてくる視線の意味とか、物いいたげな山本の沈黙の意味などはあえて考えない。怖いから。

「わー、やっぱすごい人だね」

 洗う場所あるかな? と首をかしげるツナに答えるために視線をめぐらせると、離れた場所に個々に幾つか、席が空いていた。

「これだとバラバラに座らないと無理っすね」
「そうだね、じゃあオレあっちで洗っとくよ」
「ん、じゃあまた後でなー」

 さてどこに座ろうかと席を探し、一番近いところに腰を落ち着ける。蒸気で曇っていた鏡にシャワーをかけると、露がおちて見えた向かいに、山本が座っていた。

(げっ)

 と思わず心の中で声を出し、鏡から目をそらす。
 なにしろ自慢ではないが山本とは不健全な仲だ。何とくなく気まずい。
 
(さっさと上がろう)

 長居は無用とばかりに急いで体を洗い始めた所で、後ろから話し声が聞こえた。

「なあ山本」
「ん?」
「お前さ、確か童貞じゃないっていってたよな」
「え……あ、あー、そんなこと言ったっけ?」

 どうやら山本の近くに座っていたのが知り合いだったらしい。周りから持ちかけられた質問にあやふやな返事をしながら、山本がちらちらと獄寺の方を伺ってくる。

(……後でぶっとばす)

 とはもちろん声にせず、無視に徹することにした。
 集団生活をする中で、なんとなく首を突っ込んではいけない場面というのはわかってきたつもりだ。

「ちょっと見してみろよ」
「女みてーにタオルで隠してんじゃねーよ」

 ああクラスの人気者というのは大変だな、と他人ごとを決め込んで、ひたすらに体を洗う。

「おい、やめろって!」
「もったいつけんなよ!」
「ほら、ご開帳!」

 ガタガタと争うような騒がしい音がして、納まったと同時に歓声があがった。

「さ、さすが山本……」
「……中学生のくせに」 

 その声に周りの野次馬も参加してきたらしく、

「こら彼女も大変だろ」
「この状態でコレだろ……」

 かくも日本の中学生男児というのは頭のわるいものだろうか、と獄寺はため息をついた。
 他人の大きさなどどうでもいいだろうと思う。大きかろうが小さかろうが自分には関係が無いのだから。
 そんなことでいちいち騒ぎ立てるなんて、どうかしているとしか思えない。
 ひたすら頭の中で周りをバカにしている獄寺の耳が、一つ山本のソレについての感想を聞くたびに赤く染まっていくのを、幸いなことに誰も見てはいなかった。

「もういいだろ、オレは体洗うぜ?」

 そう言う山本の意見など、当然のごとく誰も聞いてはいない。
 周りはどんどんと騒がしくなり、ついに我も我もと前をさらけ出し始める。

「おい、誰か山本よりでかい奴いねーのかよ!」
「そうだ獄寺! お前イタリア育ちだろ!?」
「外人のはでかいっていうしな」

 おい獄寺見せろよ! と誰ともなく声をかけてきたが、当然無視だ。
 聞こえないふりをして、シャワーの水圧を強める。

「何だ、見せたくねーのかよ?」
「本当は小さいんじゃねえのー」

 本当も何も最初から大きいとも小さいとも言ってない。
 思わず言い返しそうになったけど、寸でのところで食いとどめる。
 相手にするだけ無駄だ。

「やっぱ山本には勝てねーよな」

 獄寺自身がため息をつくぐらい、どうしたってその名前を無視できない。悲しい性だ。
 最愛の恋人は、同じく最大のライバルである。

「んだとっ、別に大きさじゃそう負けてねーよ!」

 たぶん。
 とは心の中で付け加え、勢いよく振り返って、前のタオルをどけようとしたその瞬間、山本が大きく三回手を叩いた。
 
「はいはい、もういいだろ。 早くあがんねーと、入浴時間終わっちまうぜ?」

 そういう山本の表情は笑顔である。ただ、どうみても目が笑っていない。
 誰かが言い返そうと口を開いたけれど、その顔には有無を言わせぬ迫力があった。
 一気に風呂場は静まり返り、各々自分の席へと帰って行く。

(馬鹿馬鹿しい)

 そして獄寺は、一瞬とはいえクラスの男子に踊らされそうになった自分を恥じ、桶にたまったお湯を頭からかぶった。
 そのまますぐその場をあとにして湯船に向かう。
 すると後を追うように、山本も獄寺の横にやってきた。
 そして囁くような小さな声で、
 
「早く上がれよ、獄寺」

 と声を落としてくる。
 
「お前に指図されるいわれはねえよ」

 同じトーンでそう返せば、

「ていうかさ、これ以上お前の裸を他の人間に見せるとか、オレは耐えられねぇ」

 言葉と一緒に山本の手が獄寺の足に向かって伸びてきた。

「オレ、狂っちまうぜ?」

 嫉妬に狂った男はこわいのな? とはいつもの笑顔で囁いて、手をさらに奥へ、タオルの中へと忍ばせてくる。
   
「こっから先、ココでして欲しい?」

 首を傾げて問いかけてきたところで、こちらに選択肢などあるはずがない。

「てめぇは、ほんと最悪だなっ」
「獄寺が好きなだけだって」

 不埒な山本の手を振り払って、きつく相手を睨みつける。対する表情はやはり笑顔だが、奥の黒い目は本気だ。
 獄寺は一つため息をついて、湯船をでた。

「おい」
「ん?」
「てめぇも、さっさとあがれ」

 タオルを腰に巻きつけながらそういえば、かすかなバツの悪そうな笑い声が返ってきた。

「あー、いまたてねぇから、あとで追いかけるよ」

  

つづく



大変、大変、たいっへんにお待たせいたしました!(土下座)
あれ、もうかれこれ一年ですか? おかしいな……。
そのわりに、なんか変な話で申し訳ないです。違う、違うんです、
私が書きたかったのは、なんというか修学旅行特有の馬鹿馬鹿
しさというか、なんというか。
もう色々筆力不足でわけのわからない出来になってしまいましたが、
とりあえずお風呂場編?終了です。

続きはまた気長に、気長に、待っていただけると嬉しいです。