きじゃない。


    

 

 俺は山本武が嫌いだ。
 そんなことは今や周知の事実だし、コイツ自身も自覚している。
 と、思っていた。
 今この時までは。

「俺、獄寺が、好き……なんだ」

 放課後。
 いきなり真剣な顔して「ちょっといいか」とか声をかけて屋上に誘ってくるから、俺は
てっきり果し合いだと思っていて、すでにダイナマイトまで用意していたのにどうしてく
れるんだと、どうでもいい事を考えていた。

「その、友達としてじゃなくて……、真剣に、好きだ」

 山本の顔が赤い。夕日のせいだろうか。うん、そういう事にしておこう。

「で?」

 冗談。からかっている。勘違いしている。
 どうせそんな所だろうと思って、俺は真意を探るためにあえて聞き返した。
 いますぐ殴り飛ばすのも爆破するのも簡単だけど、どういうつもりなのか聞いてから
でも遅くはない。

「え?」
「好きで、だからどうした?」

 俺はわざと深いため息をついて、タバコを口に銜えた。ライターを探すが、みつから
ない。

「……つき、あって欲しい」

 声が震えている。
 余りにも切羽詰った、マジな声で言うから、俺はついタバコを口から落としてしまう。
 何だ。何なんだ?
 本気か? コイツ。

「……お前、ホモなのか?」
「ち、ちげぇよ! いや、違うくはねぇのかもしれないんだけど、獄寺がいいというか、獄
寺だからいいというか……!」

 山本はそれからもずっと何やら一人で呟いていて、それから最後に「好きなんだ」といっ
た。
 泣きそうな顔で。震えた声で。
 でも、残念だな。
 俺はお前が嫌いだよ。
 すこし、いい気分だ。コイツを今こっぴどく振ってやれば、俺の気分もすかっとするだろう。

「俺は……」

 嫌いだ。
 そう言おうと思って、思いつく。
 山本は半分答えを知ってるみたいな、半分あきらめたような顔をしていて、いまここで断っ
てもダメージは半分ぐらいしかないんじゃないだろうか?
 それならば一度期待させてから振ったほうが、ダメージは大きいような気がする。
 その時の山本の表情を想像するとゾクゾクするほど楽しくて、俺は山本に向き直って言葉
を続けた。

「……いいぜ」
「え?」
「だから、付き合ってやってもいい」

 半分投げやりにいうと、山本は大きく目を見開いて言葉を失ったように口を何度もぱくぱくさ
せて、その場に座り込んでしまった。

「お、おい、山本」
「ご、ゴメン、獄寺。ちょっと、腰抜けた」

 搾り出すようにそういって、山本は自分の頬をぎゅっと引っ張った。

「夢、じゃ、ないんだよな」
「おう」
「本当に、付き合ってくれるのか?」
「お、おう」

 俺がそう返すと、山本はゆっくりと立ち上がって俺に近づいてきた。
 キスされるのか? 冗談じゃねぇぞ!
 と思ったけれどそうではなく、山本は小さな声で「ありがとう、嬉しい、好きだ」といった。
 その声が耳から直接脳に入ってきて、不覚にも胸がすこし痛んだ。
 俺はそれに気付かない振りをして、「良かったな」と他人事のように呟いた。


 その日からの山本は本当にウザかった。
 一緒に帰ろうといってきたり、映画に誘ってきたり、家に誘ってきたり、突然家に来たり、一緒
に飯食いに行ったり。
 嫌々付き合っているはずなのに、時々真剣に楽しかったりして困る。

「獄寺……」
「ああ?」

 その日、俺はうっかり山本の試合姿なんかを見に行っていて、汗臭いコイツの横を一緒に歩い
て帰っていた。
 人通りのない川沿いの道を歩く。今までくだらない話をしていたその延長で、山本は突然真剣な
声で俺の名前を呼んだ。

「手」
「手がどうした?」
「繋いで、いいか?」

 はじかれたように山本を見ると、赤い顔をしてうつむいていて、見ているコッチのほうが恥ずかしい。

「い、いや。嫌だったら全然いいんだけどさ!」

 取り繕うように笑って、ちょっと早歩きなる。
 ……分かりやすい奴。

「別に」
「え?」
「別に、いいけど」

 ちょっとぐらい、手ぐらい繋いでいたほうが、後で振られた時ショックが強いだろう?
 ぶっきらぼうに言うと、山本はだらしなく頬を緩ませて、嬉しさを顔いっぱいで表現してくる。
 それから何も言わずに、左手を差し出してきた。
 ……なんだ? 俺にこの手を取れっていうのか?
 すこしムッとして、手を睨む。でかい手だ。ムカツク。
 潰れたマメの後とか。バッドを振るからか所々皮が厚くなってたりとか。焼けた、黒いとことか。短く
切りそろえられた爪とか。
 全てが山本らしくて、嫌になる。
 俺は不本意ながら、その手に自分の手を乗せた。黒い手の上に、俺の白い手が乗る。
 なんだか、オセロみたいだ。
 余裕ぶってたくせに、山本の手は汗ばんていた。熱い。

「……山本?」

 何も言わないコイツを不審に思って名前を呼ぶと、強く手を引っ張られた。
 そして、そのまま体を引き寄せられて抱きしめられてしまう。
 ……だから、汗臭いって。そんな強くしたら潰れるだろうが、俺が。ほら、心臓の音が大きい。
 違う。
 この心臓の音は、俺だ。

「好きだ、獄寺。好き、好きだ」

 山本の言葉が胸を掴む。
胸には毛細血管がたくさんあって、胸が苦しくなるのだと誰かが言っていた。

「好きだ」

 ああ、もう分かったから黙れ。
 違う、これは違う。お前は俺を好きだけど、俺はお前を嫌いなんだ。
 だから、胸が苦しいのは、けして、お前を好きだからなんかじゃない。
 収まれ、心臓。

「ちょっとだけ、このままでいてくれな」

 嫌だ。嫌な、はずなのに。
 山本の熱い体温のなかが、思いのほか居心地がよくて。よすぎて。
 俺は小さく、本当に小さくうなずいたのだった。

 



ということで、また前後編です、
小悪魔ゴッキュンが、だんだんと山本にほだされて
いけばよいというお話し。