G
「ほら獄寺、転ぶなよ? そこ段差あるぞ」 「うるせぇ! 誰が転ぶか! お前こそ前向いて歩きやがれ!」 懐中電灯の明かりが、足元を照らす。 山本は獄寺の一歩前を歩きながら、時々(というには頻繁に)後ろを振り返っては獄寺を怒らせていた。 「大体なんで俺がこんなこと……」 「まあまあ、そういうなって! あ、そこも段差あるから!」 「だから転ばねぇっていってんだろうが! このボケ!」 二人の声が、響く。 月明かりの差し込む校舎。深い闇に包まれた、昼間とはまた違う顔をみせる学校の廊下を、二つの足音 が進む。 「獄寺」 「なんだよ!」 「ほら」 面倒くさそうに睨んでくる獄寺に、山本は手を差し出した。 「手を繋いでれば、転ばねぇって」 だから転ばないっていってるだろう。とは、獄寺は口にしなかった。 しんと静まり返る廊下。普段なら喧騒に包まれてるはずの教室は、嘘みたいに静かで。 それがたぶん、少し調子を狂わせた。 (別に、転ぶからじゃねぇ) 自分に言い聞かせるように独白して、獄寺は恐る恐る山本の手をとった。 あたりは暗くて、相手にはきっと自分の顔は見えなくて。 普段なら、ここはただの友達かそれ以下の関係を装うしかない場所で。 月は、とても綺麗で。 (ちょっとぐらい……) 素直になっても、ばちは当たらないだろうと思った。
そもそもの事の起こりは、深夜二時の着信音。 いい加減寝るべきかと思案していたとき、無神経な声が電波の向こうから無神経なことを言ってきた。 『俺さ、今日の宿題もって帰るの忘れてて。一緒に学校付いてきてくんね?』 アホか。嫌だ。断る。果てろ。 と、散々いってもしつこく食い下がってきたので、山本の粘りに負けて結局今にいたる。 そう、結局のところ。 山本の顔を一瞬でも見たいと思った自分の負けなのだと、獄寺は情けなく肩を落とした。 (まあそんなこと、絶対言ってやらねぇけど) 負け惜しみみたいに山本を強く睨むと、何を勘違いしたのか山本は握った手に力を込める。 そんなに強くしなくてもどこにも行かないのに、だなんて。絶対に言ってやらないけれど。 「ほら、早く行くぞ」 「おう」 手を繋いで廊下を歩く。 まるで普通の恋人同士のようで。 そんな事絶対に出来ないと思っていたから、調子が狂う。きっと、山本もそうなのだろう。 さっきまでウルサイほど動いていた口が、今は何も言わない。 (手、熱くなった) 山本の手か。自分の手か。 それは、わからなかったけれど。
Y
獄寺の声を聞きたくて、聞きたくて。 たまらなくなったのは、深夜二時。 (電話とかしたら、怒るかな。……怒るよな、絶対) 携帯電話を開いて閉じて、開いて。 数分後には、電話をかけていた。 (だって聞きたい。怒られてもなんでもいいから、聞きたい) 怒鳴り声でもいい。優しい声ならもっといい。 『あぁ?』 思ったより早く聞こえてきた声は、そんな声だった。 『何だこんな時間に。喧嘩うってんのか?』 確かに『こんな時間』だと思ったから素直に謝ると、獄寺はいがいにもすんなり許してくれた。 (ああごくでら。すきだ。おまえがすきだ) 獄寺の言葉の一つ一つを聞くだけで、表情が手に取るようにわかる。きっと眉間に皺をよせて、難しい顔を しているのだろう。 (すきだ。あいたい) 声が聞けるだけでいいと思ったのは、どの自分だ。 そんなことを考える前に、口から嘘が飛び出していた。
『俺さ、今日の宿題もって帰るの忘れてて。一緒に学校付いてきてくんね?』
ああ嘘つくならもっと上手につけよ俺。と自分で突っ込みを入れつつ、それでも獄寺と会うという野望を捨て 切れなくてしつこく食い下がる。 罵倒する声が意外に優しかったので、コレはいけると粘りに粘った末、ようやく手に入れた返事。
『さっさと済ませろよ』
答えを聞くが早いか、家を飛び出した。 でも懐中電灯を忘れて取りに帰った。 (野球部エースなめんな) 誰にともなく挑戦して全力疾走をして、なんとか獄寺より早く待ち合わせ場所について。 今に至る。
(獄寺、手、熱い) どうせ断られるだとうと思ってのばした手を繋がれて、山本はこれ以上なく動揺していた。 あまりにも動揺しすぎて手に汗をかいて、離れてしまってはいけないと強く握る。 こうなったのなら、絶対に離したくない。 (獄寺、好きだ。嘘ついて、ゴメン) 歩いていれば、やがて教室にたどり着く。 嘘がばれるのは、時間の問題だった。 くだらない嘘をついたのだとばれたら、きっとこの手は離されてしまう。 優しくて熱い温度が、離れてしまう。 怒って、帰ってしまうかもしれない。 (でも、謝ろう) 賢い獄寺は、馬鹿な自分がいろいろ考えてもきっと嘘をみやぶってしまうので、言い訳をして嫌われるよりは、 素直に謝ったほうがいい。 (でもやっぱり、教室につかなきゃいいのに) こんなことを考えてしまう自分は本当にずるいけど。 こんなときに限って優しい獄寺も、少しずるいと思った。
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