「なあ獄寺」 「あんだよ」 「俺のこと好き?」 「はぁ?」 寝転がって本を読んでいた俺の上に乗っかって、山本が突然そんなことを言った。 とりあえず重たいので振り落とそうと体を横に向けるが、そのまま抱きしめられてしまう。 「お前なぁ……」 「なあ、俺のこと好き?」 「嫌いに決まってんだろうがっ! 重たいからどけ」 「えー」 きつく睨んで言っているのに、どうもこの馬鹿には日本語がわからないらしい。かといってイタリア語 で言ってももっとわからないと思うので、本当に馬鹿は困る。 こういうときは無視に限ると、俺はいろいろと過去のデータから分析をしていたので、それを実行する ことにした。 山本がまだ「なー」とか「ごくでらー」とか「すきだろー」とか俺にはよくわからない日本語をいってくるの で、ひたすら無視し続ける。 そのうち飽きるだろうと小さくため息とかつきながらひたすら沈黙していると、山本がいきなり耳をかん できた。 「ばっ、なにしやがるっ!」 「だって獄寺無視するから」 「あほかっ! ホント果てろ! てめぇは!」 やばいこいつの腕のなかにいつまでもいては危険だ、と。俺の本能の部分が察知して、そこから抜け 出すべく体をよじる。しかしながら妙な所で器用なこの男は、そのまま見事に俺を抱きかえて、自分の体 の上に乗せてしまった。 不覚だ。不覚としかいいようがない。 山本の体の上で抱きかかえられてしまい、呆然としている俺に山本がキスをする。 「好きだ」 とかいいながら、山本が俺のシャツに手を忍び込ませてくる。 ふざけんな。とか思うのに、その豆だらけの手のひらから伝わる温度が嫌いになれなくて、ほんとに困 る。 「ごくでら」 山本の、声変わりしたてみたいな不自然に低い声が耳に届く。声に使われてるみたいな不器用さで、俺 を呼ぶ。 「すきだ」 山本の手のひらが俺の肌を行ったり来たりして、それがただ気持ちよくて、目を閉じた。 なあ、山本。 俺がこれだけお前に許してやっても、まだ不安なのか? 好きかなんて、くだらねぇこと聞くんじゃねぇよ。 好きに、決まってんだろうが。ふざけんな。 ただそれを素直に口に出来るようなら、俺だって苦労しない。
「ごくでら」
それでも。 お前がそんな風に少し悲しそうに切なそうに俺を呼ぶとき。 お前にただ二文字。その言葉を返してやれるのなら。 その言葉でお前の不安が少しでも晴れて、俺がお前にあの笑顔を与えてやれるのなら。 それはきっと、俺にとってもすごく嬉しいことなんだろう。 ふと山本の顔をみやれば、睨まれたと勘違いしたのか腕の力が緩んだ。 それから無理に笑い顔を作って、 「ごめん」 といった。 「変なこといってごめんな」 山本の手のひらが、腕が、俺から離れる。それが寂しいと思ったときには、山本の名前を呼んでいた。 「や、やまもと」
すき。
と、ただ二文字。簡単なことだ。これは山本からの挑戦状だ。 俺はそれを声に出そうとして、何度か口を開いて閉じて、また開いて。ちょっとうつむく。 その様子をしばらくアホみたいに見ていた山本は、けれど俺が思っていたよりずっといい顔で笑った。 「獄寺」 「……なんだ」 「コッチむいて」 山本の言葉に誘われるみたいに顔をあげれば、そのまま唇を覆われる。 そして唇を合わしたまま「すき」と山本がいった。当然いっしょに、俺の口も動く。 「好きの、練習」 意味がわかんねぇよ。 ほんといよいよ馬鹿じゃねぇのか、お前は。 と言うことも出来ない、俺のほうがよっぽど重症だ。 ただ俺が呆然としていると、山本はもう一度同じようにキスをしたまま「すき」といった。悔しいのでその山本 の唇ごと「果てろ」といったら、いかにも楽しそうに馬鹿が笑う。 それから山本はもう一度俺を抱きしめて、 「あせってた、ゴメン獄寺」 といった。 まったくだ。とは声にださずに、山本の胸に顔をうずめる。 そして、 「果てろ」 といってから。
自分の耳にも聞こえないぐらいの小さな声で、一言「好きだ」と呟いた。 |