く笑って、長く泣く。 (中編)


 

 

 


 そういえば、こうやって肩をならべて帰るのは久しぶりだ。
 落ちてゆく夕日。耳元を掠めて飛んでゆく赤蜻蛉。冷たい風。
 大会とかいろいろで、獄寺と一緒にいる時間が作れなかった気がする。
 
 でも、だからって他の女のことを好きになってしまうのは酷いと思う。
 部活をしているときも。大会中も。もちろん授業中も。みんなで遊んでるときも。
 俺は一時たりとも、獄寺を忘れたことはないのに。

 ふとみると、獄寺はすこし俯きながら歩いている。
 俺にはそれが、どうやって別れを切り出そうかと考えているように見えた。

 獄寺は。
 俺と別れたら、あの女と付き合ったりするのだろうか。
 あの華奢な肩を引き寄せて、ときどき見せてくれる優しい表情で笑ったりするのだろうか。
 それを俺は、笑顔で見守らなければならないというのか。

「……山本」

 ふと、思い出したように獄寺が俺を呼ぶ。
 
「何?」

 その先にある言葉は、わかっている。
 受け入れる自信はないけれど。

「あの……な」

 お前を、攫ってしまおうか。

 女に笑顔を振りまいているお前を見守れと?
 他の誰かの横にいるお前を、見ていろと?
 俺から離れていくお前を、黙って許せと?

 そんなこと、出来るはずがない。

「山本?」

 そう思ったときには、体が動いていた。
 獄寺の腕を強く引っ張って、近くの路地裏に入る。表通りから完全に見えないわけではないが、
そんなこと構ってられなかった。

「お、おいっ! やまも……っ!」

 ドン、と。
 獄寺の体を強く壁に押し付けて、まだ何か言おうとしている獄寺の唇を無理矢理ふさぐ。

「ん……っ」

 お前が。
 俺から離れていくというのなら、離れられなくしてやればいい。
 俺を忘れてしまうというのなら、忘れられなくしてやればいい。
 その体に俺を刻み込んで、他のヤツのことなんて考えられなくしてやればいい。

 獄寺の口内に舌を突き入れて、蹂躙する。奥でおびえている舌を強引に誘い出して、絡めた。

「……ぁっ、や、……ま」

 歯列をたどり余すことなく中を犯せば、あいた唇の隙間から、濡れた声が漏れる。
 とどめとばかりに唇を一舐めすれば、獄寺の体がずるずると壁沿いに地面まで落ちた。

「……ば、かやろっ。ここ、どこだと」
「いつも通る、商店街のすぐ近くだろ? あんま大きい声だしたら、人が気付いて見にくるかもな」

 物影にかくれているので、覗きこもうとしなければ見えないだろうが、誰かがくる可能性は十分にある。
 構わず俺は獄寺のズボンのベルトに手を伸ばした。

「それとも、見てもらうか?」

 お前がいったい誰のものなのか、皆に証明してもらえばいい。

「山本……なんで」

 信じられないといった顔で獄寺が俺を見る。
 
「さあ、自分の胸に手を当てて聞いてみろよ」

 低いトーンで耳元に囁けば、獄寺の体がびくりと震えた。
 やっぱり。
 とは、思っても口に出さず。ただ、強く痛む胸を押さえる。

「……獄寺」

 いつものように、獄寺を気遣う余裕などなかった。
 こわばる獄寺の体に、手を這わす。シャツの隙間から胸の飾りを強くつまむと、小さく高い声が漏れた。

「ほら、もっと啼けよ」

 空いている手で獄寺自身に手を伸ばせば、緩やかに立ち上がっていて。嘲るように「淫乱」といってやると、
一気に顔に朱が射した。

「も、やめ……ろ、頼むからっ……んっ」
「こんなにして、よくいうよ」

 先走りを指に絡めて、後ろを探る。するとそこはいともあっさりと俺の指をのみこんで、奥へと誘った。

「こんなやらしい体で、女なんて抱けねぇな」
「なんの……ことだよっ」
「しらばっくれんなよ」

 睨み付けるようにそういえば、負けじと獄寺からも強い視線が返ってくる。
 その目がまた俺をあおることなど、獄寺は知らないのだろう。

 苦しいだろうことは承知で、指を増やしてむちゃくちゃにかき回した。

「は……あっ。んっ、く、ああっ」

 本気で誰か来てくれればいいと思っていた俺は、さらにあおるように前立腺のあたりを強く刺激する。

「んあぁっ! も、やま、も……んぁ、やめ、ふぁっ」

 かみ殺しきれない獄寺のかすれた声と、中から聞こえるいやらしい音と。
 路地裏に響く、二つの荒い息と。
 それがどんどんと、俺を追い上げていく。
 
「挿れていい?」

 もとより獄寺の意見など聞く気もなく、ただこいつを辱めるためだけの質問。
 獄寺がおびえたように首を横に振る。俺はあえて最上級の笑顔を用意して、「嫌だ」といった。

「やめ、たの……む、からっ。山本っ!」
「立てよ」

 力の抜けてる獄寺の腕をつかんで立たせ、壁に押し付けて片足を持ち上げる。

「山本……っ!」
「……獄寺」

 獄寺の目の中に俺の姿が映る。必死で情けなくて、馬鹿みたいにこいつだけを見ている自分の姿。
 こんな格好悪い男は、捨てられて当然じゃないか。

 そう思って一瞬動きが止まったとき、近くで話し声が聞こえた。

「誰か来た……」

 やはり気付かれたんだろうか。これだけやってれば当然という気もするけれど。
 さっきよりはいくらか頭の血が下がって冷静になっていた俺は、やっぱまずいかなとか思いはじめていて、獄
寺を隠すように腕に抱いて声のほうを見やる。

 すると案の定、二人組の女がなにやら小声で話しながらこっちに向かってきていた。こっそり様子を伺うつもり
なのか、あまり近くに来る気配もないが。

「……もと」

 と。気配をさぐるのに集中していた俺は、獄寺の声に気付かなくて。

「まもとっ」

 二度目に名前を呼ばれて振り返ろうとしたときに、両目をふさがれた。

「え……?」

 突然真っ暗になった視界が、獄寺の右手によるものだと頭で理解するのに少し時間がかかって、間抜けな返事
になってしまう。

「るな……っ」
「何? 獄寺」
「他の……女、見るな」

 そいう獄寺の声が、少し震えていて。

「獄寺?」
「俺と、いるときに、他の女みるんじゃねぇよ、女ったらし……っ」

 なに?
 もしかしてそれは、嫉妬というヤツだろうか。
 獄寺が、俺に?
 でも、獄寺は俺と別れようとしているはずで。 

「なぁ、獄寺さっき、女の子からラブレターもらってなかった?」
「何で知って……っ」
「もらってなかったか?」

 強い口調で訊ねれば、獄寺は少し黙ってから観念したように口を開く。

「あれは……お前に、渡せっていわれて」

 断る理由もなくて、でもきっと自分より女のほうを山本が選ぶだろうと思ったら渡せなかった。と。

 だいぶ自分の都合のいいように解釈したけど、そんなようなことを、言葉を区切りながら獄寺が言った。

「じゃあ、別に俺と別れるとか考えてたわけじゃないんだな」
「はぁ? なんでそんな話に……」

 獄寺の声も、なんだかもう耳に入らなくて。
 全てのことを理解した瞬間、肩からどっと力が抜けていくのを感じた。
 情けないことに涙がこぼれ落ちて止まらなくて、獄寺の手のひらの隙間から頬に流れていく。

「お、おい山本!?」

 獄寺の声が響く。
 俺は目元に当てられた右手をとって引き寄せ、強く抱きしめて獄寺の肩に顔をうずめた。

「ごめん獄寺、嫉妬した」
「何で泣いてんだよ、お前は」
「うん、よかった」

 意味がわからないとぼやく獄寺を抱きしめて、キスを落とす。獄寺は戸惑いながらもそれに応えて、腕を背中に
回してくれた。

「もう、お前ヤだ……。面倒くせぇ」
「うん」
「いちいち振り回されてわけわかんない気持ちになって、ほんと面倒くせぇ」
 
 不安になって疑って嫉妬して。
 こんな醜い自分など知らなかった。

「でも好きだ、獄寺。好き」
「うるせぇ、黙れ」

 獄寺もだんだんと冷静さを取り戻してきたらしく、今の状況を思い出し始めたようで、だんだんと目つきが怖くなっ
ていく。
 ああしまったなぁとか思う間も与えられず、獄寺の拳が飛んできた。

「いてぇって!」
「痛いのはこの状況だ! この馬鹿野郎!」

 涙目になりながら獄寺がズボンをあげる。ちょっともったいなかったかなとか考えていたことがばれたらまた殴られ
るので、獄寺のベルトを閉めるのを手伝って、自分の衣服も整える。

「帰るぞ!」

 そういって獄寺が早足で歩き出した。俺はその横に駆け足で並んで、そっと手をつなぐ。

「離せ」
「路地でるまでだから」
「果てろ」

 それでも、繋いだ手は離れない。
 途中で覗きにきた女子二人に出会って、獄寺が真っ赤になって走り出した。なんとなく俺が手を振ると向こうも少し気
まずそうに手を振りかえしてきて、少しだけ、また獄寺のスピードが速くなった気がする。

「獄寺―」
「あんだよ」
「好き」
「そんな言葉で、もう騙されねぇからな、俺は」

 そう言った獄寺の顔は、少しだけ笑っていたと思う。
 いま獄寺が笑っているのも、時々不安になったりするのも涙をながしたりするのも、すべて全部俺のせいなのだとしたら。

 
 俺はもう、それだけで生きていけると思った。

 

 

 

お待たせしたわりには……で申し訳ないです。
しかも予定より無駄に長くなったので、前中後になりましたー。

ほっといたら最後までしちゃいそうで困っちゃいますネ!(ネじゃないよ…)