日から、


 

 

 

 

 

 秋も終わりに近づき、風もだいぶ冷たくなった。
 テトラポットに腰掛けて煙草をふかせば、海からの強い風が煙を攫っていく。

 昇りかけた太陽。沈み損ねた月。高い波と、荒い波音。
 正面に広がる海を漠然と見つめながらため息をつけば、それがほんのりと白く色づいた。

「お待たせ、獄寺」

 いい加減寒くて場所を移動しようかとか考えていた時、後ろから声がかかる。

「待った。さみぃ」
「そういうなって、ホットの缶が近くの自販になくて……」
「あーわかったから、早くよこせ」

 言葉をさえぎるように手を伸ばせば、山本が上着のポケットから小さな缶コーヒーを取り出
した。

「お前のは?」
「コーヒーしかなかったから、オレはいい」
「ガキ」

 缶を受け取ってからかうようにいえば、山本がいつものように笑う。それから思い出したよう
に、獄寺の横に腰掛けた。

「朝日、綺麗だな」

 そういった山本の息も、やはり白くて。
 自分が寒いからだといいわけをして、肩を山本に寄り添わせる。

「さみぃ」

 獄寺が呟けば、

「うん」

 と山本が答える。
 それから獄寺の手を握って、一緒にポケットの中にしまいこんだ。

「さっきまで缶コーヒー入れてたから、まだぬくいだろ?」
「ばーか」

 確かにポケットの中は温かいが、その分の熱が顔にまで上がってきた気がする。
 赤くなった顔を見られてはならないと下を向けば、頭の上に山本の唇が落ちてきた。

「すき」
「……しってる」

 オレもだ。とまでは口にしなかったが、山本には十分らしかった。
 山本が顔をくしゃりと崩して笑えば、海の向こうからは陽がのぼる。

 
 一緒に突っ込まれたポケットの中では、まだ新しい金属の音がした。

 

 

 

 十六歳の夏に山本がバイクの免許をとった。らしい。
 野球ばかりしているのかと思えばそうでもなかったらしく、いつの間にかバイト(といっても家業の
寿司屋の手伝いらしいが)とかもしていたらしい。
 その一年後の秋、ようは今になるわけだが、山本が嬉しそうに獄寺の家を訪れ安物のバイクを
見せびらかした。

「一番に、獄寺をのせようとおもって」

 ぎこちない操作と運転に多少どころではなく不安になったが、そんなことを言われてしまっては乗
らないわけにもいかない。
 惚れた弱みである。

 わざわざ獄寺のために二つ買ったのだというヘルメットをかぶって後ろに座れば、思ったよりも上
手く山本は運転をした。
 腰を持つのは照れくさいので肩に両手を置けば、首後ろにあるほくろを見つけた。

「どこに行くんだ?」

 正面から襲ってくる風に負けじと声を張り上げて問えば、山本はさんざん「内緒」だと言い張り、並森
から少し離れた海辺でバイクをとめて、

「ここから見る朝日が綺麗なんだって」
 
 といって自慢げに笑う。
 
 免許をとってバイクを買ったら、獄寺とまずココに来ようと思ったんだ。とか山本は一人で喋り始めた。
 それから寒いとごねる獄寺の機嫌をとるためにやはりバイクで缶コーヒーを買いに走って、

 

 

 今に至る。

 確かに、朝日は綺麗だった。
 人気もなく静かな雰囲気で、悪くはない。

(こいつ、また馬鹿みたいに色々調べたんだろうな。馬鹿だから)

 獄寺が喜ぶだろうか。笑うだろうか。嬉しがってくれるだろうか。
 そんなことばかり、馬鹿みたいに考えながら。必死にどこにいこうかと探したのだろう。

 それを考えると胸の奥のあたりが締め付けられるみたいに甘く痛んだ。


「獄寺」
「あんだよ」
「オレさ、もっともっと、獄寺と行きたいトコ、たくさんあるんだ」
「……そうかよ」
 
 握られた手に、少し力がこもる。

「だから、これからもずっと一緒にいてくれな」

 山本が、笑う。海からは、陽が昇る。

 先の見えない未来を、それは何よりも明るく照らした気がして、たまらず獄寺は小さくうなずいた。


 登った朝日が二人を照らす。
 テトラポットにジグザグに細く影が延び、静かに重なった。

 

 バイクと、鍵と、お前と、自分と。

 それだけあれば、どこにだっていけると思った。
 
  
 

 

 

ほのぼの風味……っぽい感じで……。
海と朝日とバイクと山獄。いつか書きたかった組み合わせです。
山本は高校生になったらバイクの免許とか持ってくれたらいいかもしれない。
獄寺は免許なんかなくても運転がうまければいいかもしれない。
山獄17歳晩秋、初冬。