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「ほんとに、ほんとに申し訳ないんだけどね、山本」
我らがボスボンゴレは、そう言いながら両手を合わせて小さく頭をさげた。 スーツを脱いでの酒の席。親友の頼みならば断れるわけがないと俺が調子よく言えば、ツナはへらりと笑って無理難題を押し付けてきた。
おいおいツナ。 それはほんとに申し訳ないだろ……っ!
『その命ある限り』
俺の唯一の楽しみは、仕事のあと獄寺と二人で過ごすことだ。 だらりと二人でテレビをみたり、ぼーっとしたり。時々仕事を持ち帰ることもあるが、家ではほとんど仕事の話はしない。 ときどき怒られることもあるし、笑っているときもある。 そのすべての時が愛しいし、大切だ。
とにかく獄寺が傍に居れば、俺は幸せなわけで。
いかに親友といえども、ボスといえども。 そのささやかな幸せを奪うのだけは勘弁してほしい。
「ただいまー」
少し控えめに声をかけて部屋に入ると、獄寺がだらりとソファーに寝転がっていた。 普段ならば笑顔とまではいかずとも「おー」とか「遅かったなー」ぐらい帰ってくるのだけど、今日はきつく睨まれただけで。
「獄寺、今日は早かったなあ」 といえば、 「呑気に遊んでるお前よりはな」 と切り替えされた。
ヤバイ。これは本気で機嫌が悪い。 イタリアにきて一緒に暮らすようになってもう何年かたつ。いろいろと喧嘩もした。 その俺の経験が言う。
これは本気で怒ってる。まずい。やばい。危険だ。
下手なことをいって獄寺の神経をさかなでするのも怖いので、上着をぬいで壁にかけ、そっと背後から獄寺に忍び寄る。 おそるおそる抱きしめると、また睨まれた。
「触んな」
それは無理だって。 獄寺に触るなだなんて、魚に泳ぐなっていってるようなもんだろ? と。思ってることをそのまま声にしようとしたけれど、獄寺の声がおもったよりずっと冷たかったので、さすがに無理だった。
俺は小さくため息をついてから獄寺から離れて、そのすぐ横に座る。
「何か怒ってる?」 「別に」 「別にってことはないだろ?」
正直なところ。 獄寺が怒ってる原因は俺自身が一番よく知ってるわけなんだけど。 ものはためしで、聞いてみる。
「なあ、獄寺」 「うるせぇ」 「獄寺……」 「黙れ、果てろ」
それでもしつこく声をかけようとすると、獄寺がいきおいよく立ちあがった。 そして、俺をきっと強く睨む。
ちなみに。 俺は獄寺のそんな表情も好きだ。あしからず。
「るっせぇんだよ、てめぇは! お前なんざ誰とでも好きなやつと見合いでも結婚でもすればいいだろうが! 果てろ! てめぇの顔なんざみたくねぇ!」
あー。やっぱり。 と。怒る獄寺をぽかんと見ながら、俺は心の中でこっそり呟いた。
「獄寺、あれは違うって」 「なにが違うんだよ? 十代目の依頼受けたんだろうがっ?」 「そりゃ、受けたけど」 「ほら受けたんじゃねぇか!」
真っ赤になって怒る獄寺のこんな姿をみるのは、日本にいるとき以来かもしれない。 ガキのときにはお互いしょうもないことで喧嘩したし、くだらない言い合いだってした。 それでも年をとってこうやってイタリアに二人で住むようになってからは、そんなこともなくなった
……はずで。
お互い大人になってもんだよなあ、とか思ってたんだが。
「仕方ねぇだろ、見合いだけでいいっていうし、今度の集会で鍵になるファミリーの娘さんだっていうんだから……」 「だからお前が誰と見合いしようが関係ねぇって言ってんだろうがっ」 「関係ないって態度じゃないだろう」
俺だって。 本当ならゴメンって謝って冷静に事情を説明して説得して、安心させてやるべきなんだろうけど。 怒る獄寺につられたのか。正直、そこまでの余裕はなかった。 「……じゃあツナに断ってくる」 「あほか! 一回受けた依頼断るんじゃねぇよ! 十代目がお困りになるだろうがっ!」
いやいや、じゃあ俺にどうしろっていうんだよ? 思わず黙りこむ俺を、獄寺は強く睨んでくる。
「……してやる」 「え?」
敵を威嚇するときのように低く、獄寺がうなった。
「お前がその気なら、俺だって浮気してやる!!」
ハトが豆鉄砲をくらったときのような。 と言う表現が、いまの俺にはぴったりな気がする。
獄寺のいってる意味がわからなくて「は?」と聞き返した。
「浮気だ! お前なんか、どこぞの女とよろしくしやがれ!」
肩で息をしながら言い切って、そのまましばらく俺を睨む。 俺はといえば突然の展開に頭がついていかずで。思いがけず沈黙があった。 「果てろ……っ」
獄寺は最後にそう吐き捨てると大きな足音だけを残して、部屋から出て行ってしまう。 とにかく意味が分からずつったていた俺は、獄寺を追いかけることも出来ずにただ呆然とするしかなかった。
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