「んで、山本のヤツを置いてきちまったのか?」

 髭剃りの細かいモーター音が殺風景な部屋に響く。
 ちゃっかり床暖房なことをしっているので、クッションを敷いてだらりと寝転んでいる俺を、シャマルが呆れた顔で睨んだ。  

「おう」
「そらお前、アイツがかわいそうだろ」
「……うるせぇ」

 そんなこと、お前に言われるまでもなく自覚してるっつうんだ。スケコマシ。

「そんでそのまま俺んちに来たってわけだろ? いくらなんでも、そら無茶苦茶だろうが」

 だから、んなコトわかってんだよ。黙れヤブ医者。

「っていうかな。その前に今この状況でお前が俺んちにいることをあの坊主がしったら、俺がとばっちり食うんだよ。勘弁してくれ」

 それは、悪かった。

 女といちゃこいてるトコロに突然俺がやってきて邪魔をされ、シャマルも相当機嫌が悪いらしい。
 ブツブツと細かい小言を言いながら何度目かのため息をつく。

「とにかく帰ったほうがいいんじゃないのか? 隼人。そんなワガママはお前らしくねぇだろ」 
  
 そういいながらも無理に追い返そうとはせず、俺の傍にやってきてぽんぽんと頭を叩く。
 いつまでも俺をガキ扱いするのも、俺には結局何だかんだで甘いのも計算済みだ。
 
「うるせぇ。しばらくかえらねぇ。泊めろ」
「……あのなぁ」
「毎日女と会って帰ってくる馬鹿なんざ、見てらんねぇんだよ」

 ちらりと本音を漏らせば、シャマルはまた一つため息をついて俺の横に寝転んだ。

「ほんとらしくねぇな。ボスの命令なんだろ?」
「……おう」
「じゃあ仕方ねぇだろうが」
「わかってるんだよ、んなことは」


 どこぞのファミリーの娘が狙われているらしいという話は、事前に十代目から聞いていた。
 その娘とやらが山本を気に入っていて、前々から見合いの話があったのも知っていた。

 だから今回、護衛をかねて山本とその女とが見合いをし、最悪しばらく付き合うことになるだろうということも、あらかじめ十代目に確認されている。

 だからシャマルがいうように、これが確かに仕方のないことで。
 俺がやっていることが山本にとっては理不尽なワガママであることも、わかってる。

「それでも、見合いや……結婚なんて、自分に出来ないことを他の女がやるのは、許せねぇってか?」

 茶化すようにシャマルは言ったが、笑えなかったのはそれが本音だったからで。

「……本当なら、山本はそうやって幸せになるはずだった」
「だが、あいつはお前を選んだんだろ」

 何もかも捨てて俺のところに来た山本。
 一度だって日本に帰りたいとか、泣き言を言ったことはなかった。

 だけど。だからこそ。
 
「俺とこのままずっと一緒にいるのが、あいつの幸せなのかわからねぇんだ」

 不安になる。
 たとえそれが、山本自身が選んだことだとしても。

「はたから見てりゃ、この上なく幸せそうだがなぁ……」
「まあ、なんとなく俺もそう見えるんだけどよ」

 確かに俺といるときのアイツは尻尾があれば振り回してるだろうというぐらい嬉しそうだし、いつまでたっても俺が好きで堪らないみたいだし。
 山本なんぞのコトでいちいち悩むのも馬鹿らしいといえば馬鹿らしいのだが。

「とにかく、世の中考えすぎるとろくなコトがねぇってな。飲んで忘れろ」

 そういって立ち上がり、どこからか一本の赤ワインを取り出してきた。

「年代もんだ」
 
 本当にコイツは俺に甘い。
 グラスにワインを注いで俺に渡してくるのを無視して、ボトルを奪い取りそのまま喉に流し込んだ。

「あ、おいコラ! 年代もんだって言ってるだろうが! 味わえ!」

 うるせぇと一声返して、そのまま一気に飲み干す。

 とにかくもう、今は山本のことなど忘れてしまいたかった。 
 

 


 それからどれぐらい時間がたったのか。
 シャマルの部屋の扉をドンドンと叩く音で目が覚めた。

 薄く目をひらくとあたりにはワインの空き瓶やビールの缶が散らかっていて、どれだけ飲んだのか思い出すにつれて頭痛がしてくる。

「誰だぁ?」

 近くでのそりとシャマルが立ち上がる音がした。どうやらヤブ医者も飲みつぶれて転がっていたらしい。
 いまだ扉をたたくうるさい音に眉間をしかめながら、上半身を起こす。

 ……本当に飲みすぎた。頭がいてぇ、気分がわりぃ。水が飲みてぇ。

 シャマルが戻ってきたら水を持ってこさせようとか考えていると、遠くから怒鳴り声が聞こえてきた。

「……ろっ?」
「……や、ち……うって」
「う……さい!」

 何となく嫌な予感がした。
 声は遠くて何を言ってるのか聞こえないが、どうも言い争っているようにしか聞こえないし。どう考えても聞き覚えのある声だ。

 ドンドンと大きな二つの足音が、部屋に向かってくる。

「獄寺!」

 そして扉がひらくなり現れたのはやっぱり、山本だった。

「な、お前何で……!」
「何でじゃないだろ! ココ以外にも随分さがした!」

 それから山本は部屋の様子を見渡して、顔を険しくさせる。

「獄寺、何やってたんだ?」

 ふと冷静に辺りを見渡せば、辺りには酒の空き瓶と、俺の上着が思わせぶりに散らかっていて。
 いやこれは酒飲んで熱くなったから脱いだだけだ。床暖房だし。
 とか、言い訳なんてしてる状況でも気分でもなかったので、俺も山本をにらみ返した。

「俺が何をしようとてめぇには関係ないだろうが! だいたい追いかけてくんなよ! うぜぇ」
「追いかけないわけがないだろ! 何してたかって聞いてるんだ、答えろよ!」

 みれば山本の顔は泣きそうになっていて。よほど走ってきたのだろう、もう冬だというのに汗をかいている。
 短い前髪が額に張り付いているのを取ってやりたいと思ったけれど、無意識に伸ばした手を山本に強く引っ張られた。

「答えろ!」

 山本の怒鳴り声が、頭痛を誘う。こっちは酒のんでフラフラなんだよ、怒鳴るな馬鹿。

「……きだ」
「なに?」
「浮気だよ。そう言って出てきただろうが」
「獄寺……っ」
「そこのヤブ医者とセックスしてたんだよ。これで満足か?」

 ガンガンと。頭痛がする。
 やめておけ。くだらねぇ嘘をつくなと、どこかで警報がなる。

 それでも、言葉はかってに口からすべりおちて。


「わかったら離せよ。俺はこれからここに住むんだ」
「嘘だろ?」
「なんだったらお前も来るか? 混ぜてやってもいいぜ?」
「嘘だっていえよ!」

 ドン、と。山本が強く壁を叩く音がした。
 
「本当だ」

 
 なあ、山本。


 お前が、イタリアにきてから随分とたったな。
 日本で別れたとき一度死んだ俺の心を、もう一度生き返らせてくれたことも、感謝してる。
 長い間二人で馬鹿やってきて、すげぇ楽しかった。
 だから、なあ。山本。
 俺はさ、それだけで生きていける。
 お前が何もかも捨てて俺を選んだ。
 一緒に生きて死ぬ覚悟をしてくれた。
 俺は、それだけで生きていける。 
 こんなに長い時間、お前を独り占めしてて、悪かった。

 どんな御伽噺だってそうだろ? 幸せな時間は、必ず終わるんだ。
 シンデレラが十二時の鐘で現実に戻ったように。
 俺もそろそろお前を、お前の世界に帰してやらなくちゃならない。


「だからお前も、どこぞの女と、幸せになればいい」
「俺の幸せは、お前の隣以外に無いのに?」

 山本が見たこともないような、今にも泣きそうな暗い顔で笑う。
 
「それは勘違いだ」

 と俺がいうと、山本が乱暴に俺を引き寄せてキスをした。
 
 抵抗はしなかった。これが、最後だ。

「さよならだ、山本」

 一言、確かな口調で呟く。
 名残惜しい唇を引き止めたい衝動を抑えて、俺はうつむいた。

「それで、いいんだな? 獄寺」

 山本の言葉に答える代わりに、いつか交換した指輪を外して遠くで空いたままになっている窓にむかって力いっぱい投げつけた。
 それを黙ってみていた山本は静かに笑って、

「さよなら、獄寺」

 俺に背を向けた。
 
 山本の背中が遠ざかる。
 引き止めたいと思った。その腕を掴んで、すべて嘘だと言ってしまいたかった。
 俺のしっている全ての愛の言葉で、お前を引きとめられるのなら。今なら、いくらだって言えると思った。

 それなのに。
 足は動かず。口は開けど、喉がふるえて言葉にならない。

 
 いつしか日本で別れを告げたとき、去っていく俺をお前はこんな気持ちで見つめてたのか?

 山本は最後まで何も言わずに、部屋の外で成り行きをみていたシャマルを一度殴りつけてから出て行った。


「……ってぇ。だから、とばっちりはゴメンだっつうんだよ」

 赤くなった頬をさすりながら、シャマルが部屋に入ってくる。
  
「わりぃ」
 
 かなり痛そうに腫れていて、俺はなるべく笑顔をつくりながら謝った。
 
「あいつ泣いてたぞ」

 それには何と答えていいのかわからない。さっきつくった笑い顔をどうやって崩せばいいのかはもっと分からない。

「って、それはお前もか……」

 何いってんだよ、と言ってやろうと思ったところで、シャマルの手が俺に伸びた。それからゴツゴツとしたオヤジくさい手で、俺の涙をすくう。

「ほんとお前らは、いつまでたってもそうガキ臭い恋愛しかできねぇのかなぁ」

 そういって俺を抱きしめて、子供あやすときみたいに背中を叩いた。

「あれで、よかったんだな?」

 そういうシャマルの声がなんだかさっきの山本の声と似ていたので、俺は答えることもできずに、声をかみ殺して涙を流した。

 

 

 

NOTシャマ獄!
10年後の獄とシャマの関係は、兄貴と弟のようでもいいかもしれない。
何だかんだで隼人をほおっておけないシャマル先生と。
そんなシャマルになんだかんだで甘えちゃってる獄寺くん。
いや、シャマ獄も好きなんですけどね!