|
叩きつけるような雨だ。朝まではいい天気だったのに。 とかなんとか。だらりと床に寝転びながら、そんなことを呆然と考えていて。もう少し正確にいうなら、そんなことしか考えられないというか、考えたくないというか。
山本と別れて、もう一週間たつ。いい加減慣れてもよさそうなものなのに、時間とともに山本がいない違和感が大きくなっていくばかりで、嫌になる。
一人いるというのは、よくない。余計なことばかり頭に浮かぶから。 シャマルも俺がいるからか外で遊んでるらしく、ここのところ部屋にもどってねぇし。
「山本……」
無意識に呟いた唇をそっと指でなでて、その響きの名残をつたう。
こんなにまだ好きなのに、いつか忘れるときが来るのだろうか。 早く来ればいいと思うし、いつまでも来なければいいとも思う。
十代目にチケットを渡してもらうように頼んだのは、昨夜のことだ。何でもするから山本を日本に逃がしてやってくれと、すがりついた。
きっと山本は、出会ってすぐの女と結婚なんて出来ない。そんなに器用なヤツじゃないことは、俺が一番しっている。 幸せになるのなら、お前は光の中がよく似合う。 いまさら野球選手が無理だというのなら、実家の寿司屋でもついで、気立てのいい奥さんでも貰って、幸せな家庭を作るといい。 それを想像するとまた涙が浮かんでくるけれど、こらえる。そんなに弱くないはずなんだ。俺は。
でも、もし。 ひとつだけ願いが叶うなら。
「……もと」
お前に、会いたい。最後に、ただ一目でも。 会えばまたお前に甘えてしまうだろうから、それは出来ないけど。 それにくだらない嘘をついて、お前を怒らせた。傷つけた。 これ以上考えるべきじゃないと目をつぶれば、大きな音が耳にとどいて眠りを妨げる。 たいぶ風がきついな。嵐だ、今夜は。 気にせず眠りにつこうと思うのに、音はどんどん大きくなるばかりで。
しばらくしてからようやく、これが扉を叩く音だと気付いた。
「シャマルか?」
いや、シャマルなら鍵もあるんだし勝手に入ってくるはずだ。 嫌な予感がする。
恐る恐る立ち上がって扉の向こうを覗きに行けば、小さなガラス球の向こうには山本が立っていた。
「や……まもと!?」
見れば傘もささずに走ってきたのだろう、ずぶ濡れた格好のまま息を切らしている。 あほかお前は、インターホン押せばいいだろうが! もっともそこまで考える余裕もないのは、こいつの格好をみれば一目瞭然だが。
「獄寺? いるのか?」 「いねぇよ!」 「いや、いるじゃん」
慌てて答えれば、笑い声が聞こえた。 ああ、お前のそんな声きくの、すげぇ久しぶりだな。 すぐにでも扉を開けて中に入れてやりたいのを、こらえる。
「そこからでいいから、聞いてくれ」
山本が扉に近づいて、手を添えた。無意識に、自分の手もそこにあてる。 厚い扉の向こうから、山本の体温が伝わる気がした。
「俺さ、結婚することになったみたいなんだ」 「はあ?」 「結婚式。ツナに頼まれて……でも、形だけのもので、ほんとに結婚するわけじゃねぇから」 「か、勝手にしろよ」
山本の言葉の意図がわからない。
「俺、お前には勘違いさせたくなかったからさ」 「勘違いも何も……もう、お前とは何の関係もねぇんだよ。俺は」 「でも、それでも俺はお前を愛してるから。獄寺」 崩れ落ちてしまいそうだった。何もかも。 いますぐこの扉を開けて、お前を抱きしめてやりかった。
そんなずぶ濡れでいたら、風邪ひくだろうが。 傘ぐらいさせよ。何でそんな必死なんだよ、お前は。いつも。 「日本に帰るんじゃ、ねぇのかよ」 「獄寺がいるのに、帰るわけないだろ?」
なんだそら。 それじゃ意味ねぇじゃねぇか。
「帰れよ」 「帰らない」 「帰れ!」 「俺の帰る場所は、お前の横以外ない」
やけにきっぱりと、山本が言った。 「じゅ、だいめから。チケット、貰った、だろうが」 「ああ、貰ったけど。捨てた」 「捨てたって……」 「いらないから」
いらないってお前……人がせっかく取ってやったのに。と、喉もとまで出かかったいた言葉を聞いたかのように、山本が言葉を続ける。
「悪いけど。余計なお世話だ、獄寺」 「てめ……っ」 「俺がここにいるのは、誰に強制されたからじゃない。自分で決めたことなんだからな?」
きっぱりと言い切って、背中を向けた。
「じゃあ。それだけだから」
山本の背中が遠ざかる。俺はどうすることも出来ずに、それを見送る。 何なんだよ。ほんと、お前は。 だから外は雨なんだよ。傘も持たずに飛び出せば、また濡れるだろうが。風邪ひきてえのか、てめぇは。馬鹿野郎。
「馬鹿なやつ……」
山本を追いかけようにも、もと野球部だけあって足ではとうてい適わない。
おい、山本。 俺がせっかくお前を帰してやろうとしてるのに、むげにしやがって。 どんだけ考えたと思ってる。覚悟したと思ってる。 もう二度とお前に会わないはずだったんだ。 それを、無駄にしやがって。
扉を開けて、山本が元いた場所を手のひらで伝う。無機質な重たい扉はそのぬくもりをすぐに忘れ、冷たさしか残っていないけど。 それでも今この瞬間までここに山本がいた。それだけで、十分だった。
帰してやれると思った、お前を。 ただ、一人に戻るだけだと。 けれどそれも、もう無理なことだったのかもしれない。 お前のぬくもりを思い出してしまったのなら、もはや一人でいるのは冷たすぎるから。
「山本……」
この声は、お前に届くだろうか。
お前を、愛している。
|