ウエディングドレス。白のスーツ。幸せのブーケ。約束の指輪。 一度も夢を見なかったかといえば、嘘になる。
たとえば小学生の時。 将来貰うお嫁さんのことを考えた。きっと美人で黒い長い髪の女の人だろうと根拠も無く思っていた。ちなみにそれより前はお母さんをお嫁さんにするつもりだった。
中学生になってから半年ぐらいは、ぶっちゃけお嫁さんとか考えなかった。ただ野球と結婚したいとは思ってたような気もする。 ただそれが少しづつ少しづつ変わってきて。
きっかけは、目つきの悪い帰国子女。
自分が野球以外のことにこんなに一生懸命になれるなんて、思っても見なかった。
「獄寺」
いつからだっただろう。 この名前を呼ぶだけで、胸が締め付けられるような苦しい思いをするようになったのは。
世界中無色透明な世界で、ただその名前だけが色をもっているような気がした。 好きだ。なんて言葉は喉が焼ききれるほど言った。 愛してる。だってきっとこれから先、喉が焼ききれたって言い続けるんだろう。
お前とずっと生きていきたい。いずれ果てる運命なら、いけるところまで。
それは、小さなころに夢見た形とは違ったけれど。 この思いというのは、その誓いの形によく似ている気がする。
お前と生きていきたい。 結婚だなんて俺たちはできないけど。そら、できるなら獄寺のウェディング姿とかめちゃくちゃ見たいけど。もう見たらまぶたの裏に焼き付けて一生忘れないけど。
それでも、俺の横に立つのはお前だけなんだ。 ドレスの変わりに黒のスーツを。ブーケの代わりにピストルを。 それが俺の覚悟だよ。獄寺。
*****
「よく似合ってるよ、山本」
結婚式会場の控え室。 目をつむって獄寺のウエディング姿を瞑想していた俺を、ツナの声が現実に引き戻した。
「……うれしくない」 「はは、だろーねー。花嫁も綺麗だったよ」 「興味ない」 「………ふぅん」
なんだよその含みのある沈黙は。 俺がじろりとツナをにらめば、さらりと笑顔を返された。
「今日で終わりだ。もう少し、頼むよ」 「……わかってる」 何だか見合いだの結婚だのという話しが出てから、随分と時間がたった気がする。 その間、獄寺を抱いていない。それどころかろくに顔もみてないし、声もきけてないんだから、もう俺もそろそろ限界で…。ていうか、よく頑張った自分とか褒めてやりたい。
この結婚式で、きっと敵が花嫁をねらってくるという算段だ。ようは敵が手を出す舞台を作ったというやつで、ボンゴレも色々と手を回したというので間違いない。 そこで決着をつけて、全てが終わる。
ケリがついたら。 獄寺。お前を、迎えにいくから。
「山本、そろそろ時間だ」
キィ。と、小さな音がして扉が開けられる。 ふと映った鏡には、白のスーツをきた自分がいて。それが獄寺を裏切っているようで、いまさら強く胸が痛んだ。
その後は、しごく順調に式は進んで。 ーーまだ敵は襲ってこないのかよ
俺はイライラしていた。
このままでは指輪交換と誓いのキスになってしまう。
ーー俺は、獄寺以外とそんなことする気はねぇぞ
式の間は見えなかったが、どこかに獄寺がきている、かもしれない。 獄寺のみている前で他の女とキスするなんて、とんでもない。(もちろんみてなくてもしないけど、もしそれをみた時の獄寺の顔とか想像したら、マジ泣けるし)
確かに、新婦は可愛らしかった。 だけど、獄寺じゃない。 白いウェディングドレスの花嫁は、昔夢にみたそのままで。(黒髪じゃないけど) だけど、獄寺じゃない。(獄寺も黒髪じゃないし)
獄寺以外のモノは、なにもいらない。
まだか。襲ってくるならさっさとしろよトロイ敵だな、おい。そんなだからボンゴレ敵に回すんだよ間抜けめ。あーちくしょう早く来い!!
俺のイライラが絶好調にまで達したとき。
「では、誓いの言葉とキスを」
そんな声が教会に響いた。 ふと横をみれば無愛想な神父。 前をみればまっすぐのびたバージンロードと、神聖な扉。 そこから小さく光がさして、それがとてもとても眩しくて目を細めた。
「でも、獄寺じゃない」
呟いた声は小さな日本語だったので、誰にもきかれず十字架の下に消える。
白い花嫁が日に照らされて前へ進む。俺はそれを、瞬きもせずにみつめた。 どうしてそこにいるのが獄寺じゃないのか。どこかに獄寺がいるなら、映画みたいに俺をさらって逃げてくれればいいのに(ああでも新郎が攫われるんじゃ反対だ)。
早く。早く。敵よこい。 神がそこにいるなら、願いを聞いてくれ。ほんとに。
けれど俺の願いもむなしく、時間は一秒一秒確実に流れて、花嫁が俺のちょうど前にたった。しかたなく手を伸ばせば、手袋に覆われた白い手が重なる。
ダメだ。これ以上は、ダメだ。 花嫁の顔を見れない。俺はいまから、この人を裏切る男だから。それに白いベールで顔を覆われていて、見たとしてもよくは見れないだろうし。
「誓いの言葉を」
できるわけ、ない。 この唇も指も気持ちも、全て。獄寺のものだから。
「わりぃけど」
といって花嫁の手を離し、キスはできないと断る。
つもりだった。間違いなく。
予定が狂ったのは、すべて花嫁の言葉のせい。
「いいから、さっさとてめぇは仕事をしやがれ」
聞きなれた声。聞きなれたトーン。聞きなれた口調、速さ。 それがどこから聞こえたのか分からなくて、俺は辺りを見渡した。
「どこみてんだよ」
二度目の声に、俺はあわてて前を向く。
「獄寺?」 「他に誰がいるんだよ、あんまみんな!」
白いベールの向こうに、うっすらと見えた顔に、不覚にも俺は泣いてしまうところだった。
「獄寺、獄寺……なんで」
花嫁は、獄寺だった。 なぜ。なんで、どうして。 わけがわからないけれど。 間違いなく、獄寺だった。
「そんな話しはあとだ、ぼけ」
ああ獄寺、花嫁がそんな乱暴な言葉つかっちゃダメだろ。 とか見当違いなことを考えていると、会場がわざついた。間が空きすぎたみたいだ。 隣を見れば、神父も困った顔をしていて、獄寺と目を合わせて笑った。
ふぅ。と深呼吸をして、獄寺をみつめる。 神父も空気が戻ったのをさっしたのか、ほっとしたように口をひらいた。 「その健やかなるときも」 「病めるときも、喜びのときも、悲しみのときも、富めるときも、貧しいときも、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け」 「その命ある限り」 「真心を尽くすことを誓いますか」
そんなこと、いまさら誓うまでもないけれど。 「誓います」
俺が答えると、獄寺も小さな声で、
「誓います」
と答えた。
「では、誓いのキスを」
神父の言葉に、俺は息を飲んでもう一歩獄寺に近づく。
「さっさとしろよ」
こんなときにまでそっけない獄寺が可愛くて愛しくて幸せで。 一生叶うことが無いと思っていたから。 たとえこれが偽りの結婚式でも。何一つ本当のもの無い式でも。
ここには獄寺がいる。それだけで十分だった。
白いベールを持ち上げると、視線が絡み合うのはグレイの瞳。
「幸せにする」 「うるせぇ」 「俺と結婚してください」 「いまプロポーズかよ!?」
ばぁかと笑う獄寺の口に、口付けた。
ああ神様。いるのならどうか、見逃してください。 俺たちはあなたの下でまったくの嘘の儀式をおこなっていますが、この気持ちと誓いはけして嘘ではないから。 全てを捨てて日本をたった俺が唯一捨てられなかった人なんです。彼は。 少しバカでアホで抜けてて乱暴で口悪くて素直じゃないけど、すごく大切なんです。世界中の何より、誰より。
少し長い口付けをするとどこからか冷やかす声が聞こえて、慌てて唇を離す。
「では、指輪の交換を」
……やばい、指輪とか用意してないんですけど。 とか思ってたら神父さんがどこからか指輪を取り出してきた。
「……これ、は」
そこに銀色に光っていたのは、いつか空港で交換した、あの指輪で。 獄寺が捨てた、あの指輪で。 俺が式に出るとき絶対にこれは外さないとダダをこねてリボーンに殴られた指輪で。
「探すの、苦労した」
とは、神父の言葉。カタコトの日本語だ。
「そう、ボスから伝言です」
とは、流暢なイタリア語で。 そんなキザなコト、にあわねぇよツナ。とか思ったらわらけてきて、また獄寺に「さっさとしろ」と怒られた。
「もう、捨てるのは無しな」 「わぁってるよ」 「獄寺……」 「あんだよ」 「愛してる」 「知ってるよ」 「お前だけだから」 「……知ってるって」
小さな銀色の指輪は、俺の手から無事に獄寺の薬指に戻って。ぐすっと鼻をすすって上を向いて涙をこらえると、花嫁は「よしよし」といいながら、俺の指に指輪を嵌めた。
「俺も、愛してる」
獄寺の声は小さかったけれど、確かに俺の耳に届いた。 それがあまりに嬉しかったから、もう涙をこらえることはできそうになかった。
そこで鳴り響く爆発音。逃げ出す人々。 笑って銃を持つのはボンゴレの面々とそのボスと。
新郎と、花嫁。
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