こいつのことを、世界で一番わかっているとか。そんなことは夢にも思わない。
生きてきた世界が違う。見てきたものが違う。回りの人間も違えば、育った環境も違う。
だから山本のことなんて、俺はさっぱりわからない。
今、こいつが俺の腕の中で泣いている理由も。なぐさめ方も。わからない。
だいたい落ち込んでいる理由なんて、俺からすればいつも些細なことだ。野球で失敗したとか親と喧嘩したとか、そんなこと。どこに落ち込む理由があるのかがわからない。
それでも。
「なんで、お前いつも俺のとこに来るわけ?」
こいつは俺のところにくるのだ。いつも、いつも。いつも。
落ち込んでいるときとか、泣きたいときとか。苦しいとき。俺のところにきては、理由も言わずに抱きしめてくる。いや、最初は言っていたのかもしれないが、無駄だとわかったのか次第に言わなくなった。俺も、聞かないし。
それでも泣き顔を見られたくないといっては俺の胸に顔を隠し、声を押し殺しては、泣く。
「もっと、手ごろな奴がいるだろ」
例えば。
野球のことで落ち込んだというなら、仲間に話せばいい。仲間に話せないならクラスの友人でも何でもいい。
俺よりはよっぽど親切に相談にのってくれるだろうし。
家族のことで悩んだなら、それこそ友人に話せばいい。なんならこいつの相談なんかにお時間とらせるのは申し訳ないが、十代目ならそれこそ親身になって聞いてくれるはずだ。
俺よりは断然いい。だって、俺は。
「獄寺が、いいんだよ。俺は」
俺は、お前が落ち込んでいるのを嬉しいと思う、最低な男だから。
「獄寺といるだけで、落ち着く」
お前が泣いているのをみて、優越感を感じている最低な、恋人だ。
俺はお前のことなどさっぱりわからない。それでも、お前は俺のところに来るんだろう。いつも。
お前といつも楽しそうに笑っている友達が知らないお前を、俺は知っている。
お前のことを育ててきた親でさえも知らないお前を、俺は知っている。
なあ山本、お前しらないだろう。お前が泣いてるとき、俺はそんなことを考えてるんだぜ?
お前が落ち込んでるとき、俺は心のどこかで確かに喜んでいる。そんなこと、知らなくていいけど。
俺はお前のことなど知らない。理解できない、わからない。
それでも。
俺は、お前の一番近くにいる。