バレンタインなんて、女の遊びで。
　俺にはまったく、これっぽっちも。
　関係あるわけがなかったのに。

　
　バレンタイン、二日前。
「今年は、俺、女の子からチョコもらわねーから」
　なんて、山本が真剣な顔でいったのがいけなかった。
「へー」
　俺がなるべく無関心を装って返事をするのに、
「好きな子からの、チョコしか貰わないから」
　とか付け加えたのもいけない。
「そ、そうか」
　二度目の返事は、我ながら情けないぐらい動揺していたと思う。

　だいたい好きな子ってなんだ、お前。はっきり言えよ、ふざけんな。
　お前の気持ちも、俺の気持ちも。たぶんもう、痛々しいぐらいわかってんのに。こんな形で試してくる
なんてふざけてる。
　バレンタインなんて女がするんだ。俺は男でマフィアで、そんなもの関係あるわけないから。
　だから、例えば。もしも。
　たまたま二月の十四日に、俺が本当に気まぐれで、偶然チョコをコイツにやったとしても、バレンタイン
とは関係ないだろうとおもっていたのに。
　この馬鹿がそんなことをいうから、冗談じゃ済ませなくなったんじゃねぇか。
　台無しだ。馬鹿野郎。

　
　そして何より誰より馬鹿野郎なのは、すでにチョコレートを用意してしまっている俺だ。
　なるべく不自然でないように、安物の小さなチョコレートを三つ買った。チロルチョコというらしい。
　チョコには結構うるさい俺からしてみれば子供だましもいいところだが、野球馬鹿には手ごろだろうと思っ
たのだ。
　決して、間違っても、綺麗にラッピングされたものを買うのが恥ずかしかったとか、渡すのはもっとありえな
いとか、コンビニで迷いに迷ったなんてありえない。

　なのに、山本のあんな言葉のせいで。
　こんなチョコ一つにすら意味があるみたいじゃねぇか。

「山本くん」

　二月十四日。
　結局どうすればいいのかなんてわからなくて、制服のポケットに小さなチョコを三つ入れて学校に行った。
　捨ててしまおうとか、いっそ食べてしまえとか。
　色々考えたのに、出来なくて。

　何でもない振りして渡してしまうか、と。
　短い休憩時間に決意を固めてチョコを握り締めたとき、教室の外から山本を呼ぶ声がきこえた。　
「あ」
　それに山本は机を蹴り上げんばかりの勢いで立ち上がって、顔を輝かせる。
　なんだ？　と俺が声をかけるまもなく、山本はその声の方へ走っていってしまった。
　自然と、目が追う。
　その先には、嬉しそうに話をしている山本と知らない女がいた。
「今年も、山本もてるねー」
　とは、十代目の言葉。　
「あ、そうですね」
「でも、今日は見てる限りじゃ、あの女の子だけだね」
「……そうですね」
　しらず空返事になってしまう。

　意味が分からない。いや、意味はわかる。よく。
　俺が大きな勘違いをしていたということも、わかった。

「馬鹿じゃねーの」

　思わず呟いた一言は、休み時間の喧騒に消されてしまう。
　やがてもどってきた山本の手には可愛らしくラッピングをされたチョコレートがあって、急いで俺の目から隠
したようだがもう遅い。
「ばーか」
　小さな声で、呟く。
　
　一人で勘違いして、馬鹿だ。本当に。
　最初から、何もかも俺の思いこみだったんだ。
　それなのにこんなチョコまで用意して、浮かれあがって。情けない。
　でも、なら。どうして。
　理由もないのに、手を繋いだりしたんだ？　あの手のひらの熱も汗も、すべて勘違いだったのか？
　二人きりで触れそうで触れなかった唇は、キスをしようとしていたんじゃなかったのか？　泣きそうな目も声も、
全部嘘っだったのか？
　
　俺に対する山本の気持ちが嘘だったのなら、それはそれでとてもいいことだと思うのに。
　胸が締め付けられるように痛くって、上手く息すら出来ない。
　悲しいのか、悔しいのか、切ないのか、空しいのか。

　この感情を今さら嘘や勘違いにしろだなんて、いくらなんても酷すぎるんじゃないかと思った。