去年の二月十四日は最低の一日だった。 俺も獄寺もお互い気になってはいて。それでもまだその感情に名前をつけるには早すぎて。 今でも十分うやむやだけど、もっともっと不安定だった俺たちは、ただ相手への関心だけがむき出しで、 むちゃくちゃに傷つけて傷ついた時期だった。 その日もあてつけみたいにチョコを貰いまくって、それがお互い気に食わなくて。 嫉妬だとも気付かずに八つ当たりしあって、大喧嘩をした。
それから、一年。三百六十五日。 今年は、違う。 今はもう、俺は自分の気持ちを知っている。たぶん、獄寺の気持ちも。 だから今年こそ、この関係を形にしたいと思ったんだ。
バレンタイン、二日前。 去年と同じ失敗を繰り返すまいと思った俺は、 「今年は、俺、女の子からチョコもらわねーから」 と先に宣言をしておいた。 だから獄寺も貰わないで、と言いたいけど我慢する。 「へー」 返事は短い。 獄寺の心が見えればいいのに。 今、何を思ってる? 何考えてる? 俺は、 「好きな子からの、チョコしか貰わないから」 お前からのチョコがほしいよ。 「そ、そうか」 答えるその耳が赤いのは、風が冷たいから? それとも……。
とはいっても。 俺の大好きな獄寺はとんでもなく意地っ張りなので、きっとチョコはくれないだろうと思う。 そらすごく欲しいけど。ものすごく欲しいけど。 俺から、渡すことにした。 そしたらもしかして一ヵ月後お返しもらえるかも、なんて下心はもちろんありありですとも。
女だらけのチョコ売り場に紛れ込んで、頭一つういている居心地の悪さにもまけず材料をかう。 だって、大好きな獄寺のためですから。 それからキッチンを貸しきって、作るのは獄寺が好きだといっていたトリュフ。 本を見ながらつくるけれど、簡単なようで難しい。 寿司を握るのとは、当然だけど勝手が違う。
二回失敗して、三回目がなんとか形になった。 獄寺は、喜んでくれるだろうか。気持ち悪がるかもしれないけど、それでもいい。 俺の気持ちが伝わるなら。 なあ獄寺、俺はお前が好きだよ。本当は、こんなチョコでは伝えられないぐらい好き。 何度も何度も伝えようと思うのに、言葉が詰まって足が震えて立ってられなくなるんだ。
俺がこっそり手を繋ごうとしたき、お前振り払わなかったよな? 汗でベタベタで気持ち悪かったはずなのに。 キスしようとしたときも、顔をそらそうとしなかったよな? 結局、邪魔がはいって出来なかったけど。
なあそれって、俺は自惚れてもいいんだよな? 俺はお前を好きでいて、いいんだよな?
言い聞かせようとするけど、本当はすごく怖いんだ。 嫌われたくない。自信なんか本当はなくって、格好いいトコ見せようとすればするほど、情けないトコばっ か見せちまうし。 だけど俺、こんなにお前が好きなんだ。
なけなしの勇気をふりしぼって、お前に言うよ。 好きだって。
そして、二月十四日。 俺は、大変なことに気付いた。 「これ、どうやってラッピングするんだよ……」 一応カワイイ(けど獄寺が嫌がらないようなシンプルな)ラッピングセットを買ってはきたんだけど、思ったより も複雑で上手く出来ない。 頑張ってラッピングをしてみたけど、どうみたっていびつだ。 こんなじゃ伝わる気持ちも伝わらない……ような気がする。
いつも通り朝錬をするけど、当然集中できなくて監督に怒られた。 「あー、どうしよう!」 と唸っていると、 「どうしたの?」 優しい声がかかる。 ガラになく悩んでいる俺を、マネージャーが心配してくれたらしい。 そっと差し出されたタオルをうけとって汗をぬぐいながら、俺は困ったように笑った。 「実は……」 かくかくしかじかで。 チョコレートのラッピングをできないんだと、手っ取り早く事情を説明すると、マネージャーは少し目をまるくして、 「男の子が女の子にあげるなんて、珍しいね」 といった。あ、そうか。普通そうとるよな。 「ほ、ほら、外国じゃ男が女にあげたりするんだろ?」 「ふーん、そうなんだ」 「そうなんだよ」 「んー、それなら私がやってあげようか?」 それは俺にとってはもう、両手をあげて飛びつきたいぐらいの提案だった。 もちろんしないけど。 獄寺にあげるチョコを、最高の形に仕上げたい。 そうすれば、俺の告白も上手くいく気がしたんだ。
「放課後までに」と頼んでいたけれど、昼前の短い休憩に完成したチョコを運んできてくれた。 急いで駆け寄ってチョコをもらって、何度も何度もお礼を言う。
素直に、嬉しかった。 これで獄寺に渡せる。
俺がしていたときとは見間違えるほど綺麗に仕上がったそれを満足そうに見つめていると、ふと視線を感じた。 慌てて辺りをみわたすと、その先には獄寺がいて、俺は慌ててチョコを隠した。 ばれてないよな? せっかくなら、びっくりさせてやりたい。とびっきり。 獄寺は俺を少しだけ機嫌悪そうに睨んで、すぐ目をそらした。
よしよし、ばれてないな。 俺はもう一度自分のチョコをみた。透明な袋の中に、曇りガラスのような白くやっぱり透明な箱がはいっていて、 その上に青と白のリボンが遊ぶみたいにかかっている。 渡すのは放課後だ。帰りに獄寺の家によって、そこで渡す。もちろん部活はサボる。 だって今日は俺の人生一代の大勝負なんだから。 早く、放課後になればいい。 渡すときはまたドキドキするだろうけど、今日はなんだか上手く言える気がした。 何と伝えるか色々考えたけど、俺は馬鹿だから真っ直ぐ直球がいい。 好きだ。と、一言。 もう伝えるのは、それだけでいい。
いままでとこれからと、チョコのことを考えていた俺はとても自分がよくて、鼻歌をうたって先生に怒られた。 それを獄寺がとがめるように睨みつけてくるので、いつも通りへらりと笑って手をふる。 そう、いつも通り。だったはずなのに。 何故か獄寺は大きな音をたてて机を蹴り上げ、そのまま荷物をもって教室から出て行こうとする。 当然教室は大騒ぎで、教師の制止の声がかかるが気にとめる様子もない。 「え!? 獄寺くん!」 ただ一度、ツナの声にだけ振り返った。 「すみません十代目、俺、今日は気分わりぃんで早退します」 無理矢理笑って背を向け、今にも走り出しそうないきおいで教室を飛び出た。 わけがわからない俺は声をかけることもできずそれを呆然と見守って。 それから、はじかれたように後を追いかけた。
「おい山本!」 「山本!?」
教師とツナに「連れ帰してきます!」といって、迷うことなく獄寺をおう。 野球部で鍛えた脚力で負えばすぐに後姿が見えた。 「お、おい獄寺!」 少し遠くから声をかけると、獄寺はあからさまに嫌そうな顔をしてスピードを早める。 「るせぇばか! 追いかけてくんな!」 「なんでだよ、気分悪いって大丈夫なのか!?」 走る獄寺を、昇降口で捕まえた。腕をつかんだら振り払おうとするので、わけもわからず力を強めて軽く引き寄せる。 「俺が気分わるかろうが、てめぇには関係ないだろうが!」 「ごくで……」 「俺は……!」 話しているのに獄寺とまったく目が合わない。こんなの久しぶりだった。 ただそらされた横顔が、すこし泣きそうで。 抱きしめたい。キスしたい。 それどころじゃないけれど。 「お前なんか、嫌いだ」 じっ。と獄寺の次の言葉を待っていた俺は、ただぽかんと口をあけた。 「……え」 「俺は、お前が大嫌いだ、山本!」 「俺……俺は、ごくで……」 「うるせぇ!」 俺はお前が好きだよ。と言ってしまいたかったのに、獄寺の怒声にさえぎられる。 「もう二度と俺に構うな、声をかけるな、近づくな、目を見るな、触るな、名前を呼ぶな」 「……なんで」 「たのむから、もうこれ以上俺を情けなくさせんな……」 そういって今度こそ俺の手を振り払う。もう俺には、その腕をつかみ返す力はなかった。 最後にもう一度だけ「俺はお前が嫌いだ」と言い放ち、背を向けて走り去ってしまう。
残された俺は、意味が分からなかった。
本当はさ、獄寺。 自信なんてないんだ。お前に好かれてた自信なんてなかったんだ。 それでも獄寺が少しずつ俺に笑ってくれるようになるのが嬉しくて。かけてくれる言葉が嬉しくて。 ただただ、獄寺が大好きで。 思いこもうとしていただけなんだ。
嫌い。なんてもう何度も言われてきたのに、それが今日に限って重たくて痛くて切なくて。
「ご……」
思わず名前を呟きそうになって、飲み込んだ。
俺はもう、獄寺の名前を呼ぶことすら許されていないんだから。
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