バレンインを貴方と。(後編)


 


 


 部屋に戻って靴を脱ぐよりさきに煙草を銜えた。火をつけようとするけど、指が滑ってうまく火がつ
かない。
 かちゃかちゃと情けない音が響いて、火花が散る。それを何回か繰り返すうちに扉に預けた背中がず
るずるとおち、俺はその場に座り込んでしまった。
「……っかじゃねーの」
 いつからだろう。いつからこんなに嵌ってしまったのか。
 
 最初は確かにあんなやつ嫌いだったんだ、俺は。馬鹿で軽くて能天気で。そのくせ性格悪くて。嫉妬
深いのだって、俺はしっている。

 ただ、
『ごくでら』
 俺を見つけたときに呼ぶ声は嫌いじゃなかった。たぶん。 
『獄寺って、指長いのな』
 何かに理由をつけては触れてくる指先や、
『まあまあ』
 仲裁するふりをして抱きついてくる不躾さ。
『好きなやつとかいるのか?』
 伺うような目つきに、
『好きな子からの、チョコしか貰わないから』
 試すような物言いも。

 俺に向いている全てが嬉しくてもどかしかった。

 手をひらを合わせればそこから全身に火がついたようになって、キスを諦めた横顔がたまらないほど
なくて。
 こんな感情をなんというのか考えて、ああこれを「好き」というのかと思ったときには恥ずかしくて
死んでしまうんじゃないかと思ったけれど、不思議と嫌だとは思わなかった。

 ポケットに詰め込んだチョコレートを一つとりだして、寒くもないのに震える手で不器用に口にいれ
る。全然おいしくなんてなかった。甘いだけじゃねぇか、こんなの。
 口の中に甘ったるさが残って、後味が悪い。まるで山本みたいだ。

 だいたいお前あんな全身で俺のこと好きって言っといて、いまさらやっぱやめるとか卑怯すぎるだろ
 勘違いなんかじゃないだろう。かんがえればかんがえるほど、お前ぜったい俺のこと好きだっただろ
うと思うのに。思うけど。
 しょせん山本の好きなんてその程度の好きで、すぐに他に心が移っても仕方がないんだろうなとも思
う。
 どうせ俺はマフィアで男なんだから、相応の女とつきあったほうがいいに決まってる。あいつはキョ
ニュウが好きなんだ。
 今なら、まだ戻れる。

 胸が痛いのも息苦しいのもまぶたの裏がじわりと熱いのも、きっと慣れるし。家を飛び出したときも
日本に来た時だって、寒いのも寂しいのも腹が減るのにも慣れた。あれと同じだ。

 
 ああ本当にまずいなこのチョコと思うのに、変にクセになってもう一個口のなかに放り投げる。
 残った一個も食べてしまおうとポケットから取り出したとき、
「獄寺……っ」
 山本の声が響いた。
 背中の後ろで扉がなって、びっくりして心臓が飛び出してしまうんじゃないかと思った。
 ひどく大きな声と音のような気がしたけれど、繰り返されるそれはとても小さくて今にも消えてしま
いそうで。
「いないのか? ……いるんだろ」
 お前は本当に卑怯だ。そんな今さら切なそうな声をだしても、もう俺は絆されやしない。
 取り出したチョコを強く握って唇を結ぶ。ため息のひとつすら、今は相手に伝わってしまう気がした

「顔を見たくないなら、出なくていいし」
 そうだ、お前の顔なんてみたくない。
「名前呼んで欲しくないって言うなら、これで最後にするから」
 それから山本は消え入りそうな泣き出しそうな震える声で「ごくでら」と呟いた。
「俺、馬鹿だからさ。お前がなんで怒ってるのかとか何が悲しいのかとか全然わかんねえけど」
 なんで、今さらそんな声をだす。 
「だけど俺、世界中で一番獄寺が好きだよ」
 
 一瞬、何を言われているのかわからなかった。

「俺がしってる世界なんて親と友達と野球ぐらいだけど、それでも俺の世界で一番お前が好きなんだ。
手も繋ぎたいし、キスだってしたい。お前が苦しかったり悲しかったりしたら、助けてやりたい」
 心臓が跳ねる。何か言いたいけれど、喉に穴が開いたみたいに声がでない。
「……それを、言いたかった」
 そして少し沈黙があってからもう一度「好きだ」と山本が言った。
「じゃあ、明日、遅刻すんなよ」
 なんだ、なんだよそれは。お前ばっかり好きなこといいやがって、それで満足かよ。

 俺が、満足じゃない。

「山本!」と声を出したつもりが、空気が漏れただけだった。 
 仕方なく扉をあけて飛び出せば山本の背中が見えて、呼びとめたいのに声がでない。
「ぉと……っ」
 走って掴みかかろうにも足が動かない。もう自分が自分じゃないような気さえして、振り切るように
頭をふり、手に握っていたチョコを山本に向かって投げ付けた。
「……もとっ!」
 それは山本の背中にあたって地面に落ちていく。 
「え……」
 間抜けな顔をして山本が振り返って、下におちたチョコと俺を見比べた。
「拾え」
 というと、わけがわからないという顔をしながらも言われたとおりに拾い上げ、それから戸惑
うように俺に近づいてくる。
 そして俺の前で止まって、黙り込んでしまった。
「やるから、それ」
 指をさして山本の持っているチョコをみると、それは俺がずっと握り締めていたせいでドロドロにと
けてしまっている。
 まあお前には丁度いいだろう?
「……いいのか?」
「いらねぇのかよ」
 といえば、山本はぶんぶんと頭を横にふった。
 呆然として事情が飲み込めていない山本に、俺は顎で部屋にはいれと指示をする。
「ごくでら」
 山本が、俺を呼ぶ。まだ震えているその唇に、俺はそっと触れるだけのキスをした。

「俺、も、嫌いじゃない」

 搾り出すようになんとかそれだけ言葉にすると、山本の目からぽろぽろと涙がこぼれる。それがあんま
り情けなくて愛しいと思ったから、もう一度キスをした。
「泣くなよ、馬鹿」
「泣いてない」
「泣いてるだろうが」
 俺が笑うと、山本は手の甲で乱暴に目元をぬぐう。それから思い出したように「そうだ」といって、カ
バンのなかに手を突っ込んだ。
「俺もあるんだ」
「はあ?」
「チョコレート」
 手作りだぜ、といって取り出したのは確かに見覚えのある小さな箱。
「これ……今日」
「あ、ばれてた? 実はラッピングうまくいかなくて、人に頼んで……って獄寺」

 ……あほらしい。
 体中から力が抜けて、おれは思わずその場に座り込んでしまった。山本が心配そうに顔を覗く。

「獄寺?」
「俺は……」
 たとえラッピングなんか下手でも、お前がやってくれたほうがよかった。といいたかったのに、照れと意
地とがぶつかりあってうまく言葉にできない。
「お前のラッピングなんかに、期待してねー」
 何とかこれで山本はおれの意思を察したらしい。一瞬ぽかんとしてから、嬉しそうに笑った。
「わりぃ」
 そういって、今度は山本からキスが落ちてくる。唇が触れる直前でとまって、上唇があたった瞬間震えて
いて泣きたくなった。
「獄寺が」
「おう」
「トリュフ好きだっていってたからさ」
「……おう」
「おれ、ちゃんと作ったんだぜ?」
 山本がゴソゴソとラッピングを破る。どうせお前がそんな適当に破るなら別に人に頼む必要とかなかった
んじゃないかと思ったけど、あえて突っ込まないでおいてやった。
「食って?」
 小さな箱に、まるいチョコが四つ。俺はその一つを手にとって、口に運んだ。
「トリュフってより、生チョコ」
「えー」
 でもまずくはない。
「お前のためにほらこないだの祭りの、フランス製のチョコ買ってきたんだぜ」
「……ベルギー製か?」
「そうそう、スイス製」
「ベルギー製な」
 ああ絶対ベルギー製ではないなと思いながら、もう一個口に運ぶ。ふと前をみると少し頬を赤くそめて笑っ
ている山本がいて、ためらいながらもう一度キスをした。

「甘いな」

 とはどちらが言ったのか。もう、どっちでもいい。

 
 口の中でチョコが溶ける。
 去年のバレンタインは最悪だった。今年だって似たようなもんだ。お前と過ごすこの日に、ろくな思い出なん
てない。
 だけど。それでも。

 どうか来年のこの日を、お前と。 
 
 
 

  

 

 

ということで、これを更新している時点でもう三月なのですがしれっとアップしてみました…。
本当にすみません・・・っ!
何だか山本が乙女すぎて山獄山っぽいですが、獄がさらに乙女なので山獄なのです。(ええっ