「あ、俺この女優すきなんだよ」
と。
獄寺が突然そんなことをいったので、山本は猛スピードでテレビの画面を見るはめになった。その時勢いが良すぎて首が嫌な音をたてたけれど、そんなこと気にしていられない。
「誰!?」
「いや、名前はよく覚えてねーんだけどさ。ほら最近よくでてるだろ」
「…………へー」
じっと。それこそ穴が開きそうなほど強く、テレビを睨みつけた。
映し出された女性は確かに最近よく見る人気女優で、美人のうえに胸もでかい。確かクラスの誰かも好きだといっていた気がするし、山本自身も結構気になっていた。
けれどこの瞬間、山本は猛烈なスピードでこの女優が嫌いになっていた。
(なんだよこんなん胸がでかいだけじゃん。獄寺ふだん俺のこと巨乳好きって馬鹿にするくせに自分だってそうじゃん。そらちょっと顔立ちも綺麗かもしれないけど獄寺のほうが綺麗だしかわいい。いやいやそんなことじゃなくて)
考えれば考えるほど気に食わない。唇を尖らせて眉をしかめて、目をそらす。胸のあたりがむかむかして気持ち悪い。
そもそも、獄寺が何かを「すき」と言葉にすることは殆どないのだ。ツナのことは「すき」というものではないらしいし、煙草も微妙に違うらしい。
父親が握る寿司のことを「すきだ」といってるのは、聞いたことがあった。その時には真剣に寿司屋を継ごうと考えたのだ。
なにせ山本自身、獄寺にはっきりと「すき」といってもらったことがないのだから。
(なのにこんなぱっとでの女優なんかに「すき」とかいうなんて、いくらなんでもひどすぎる)
テレビの中で恋敵はにこにこと笑っている。それをみている獄寺は、やはり楽しそうだ。
山本はそっと獄寺の後ろに回りこんで、ソファー越しに体を抱きしめる。振り向いてくれたらキスしようと思っていたのに、相変わらず獄寺は前を向いたままで。
胸が、むかむかする。
「何だよ獄寺、こんな胸でかいだけの女がいいわけ?」
だからそのむかむかを晴らそうと、出来るだけ馬鹿にしたふうを装って山本は鼻で笑った。
「あぁ?」
「だいたい性格だって悪そうだぜ。頭もあんまよくなさそうだし」
「……お前にだけは言われたくないだろうよ」
「それに何か誰かと不倫してるって聞いたことある気するし……」
「へー」
「それに……」
「……それに?」
「それに……」
言葉が続かなくて、飲み込む。そもそも山本にとっても好きな類の女優なのだ。悪いところなんてぱっとすぐには出てこない。
一番嫌いなのは、獄寺がこの女優を好きなところなのだし。
大体胸がでかいとか、顔が綺麗とか、女らしいとか。そんなことで獄寺の「すき」がもらえるのなら、自分では到底勝ち目がないではないか。
「なんでも、ない」
獄寺なんて嫌いだ。と、声に出さずに胸で叫べが余計にむかむかして、どうしようもない。
やっぱり好き。と、代わりにそっと胸に落とすと、少しましになったけど代わりに切なくて。
抱きしめていた体を腕から開放して離れようとした所で、獄寺の腕が伸びてきた。
それからその冷たい手のひらで俺の頬を挟んで、そっと触れるだけのキスをする。薄く閉じられたまぶたの上では、睫が揺れて。
ああやっぱり、こんな女優より獄寺のほうが何万倍も綺麗だと思った。
もちろんそんなキスだけでは物足りない。舌を出して獄寺の唇をなぞる。そして角度を変えてより深い口付けを求めようとした所で、鼻をつかまれてしまった。
「んあっ」
「だからお前はアホだっつーんだよ、この間抜け」
そういって笑う獄寺の顔があまりにも楽しそうだったので。
そこで初めて、からかわれていたのだということに山本は気付いた。
「ひでーよ! ごくでら!」
「騙される方が悪い」
「だって……」
「この女優、お前が前に好きだっていってたんだぜ?」
そんなこと、言っただろうか。
首を傾げて記憶を探るけれど思い当たるふしがない。おそらく本当に何気なくいった言葉だったのだろう。
(確かに、好きなタイプだけどな)
巨乳だし。
もちろん言葉には出さずに、胸の中で呟く。
「それをお前好き勝手けなしやがって、だからお前のすきは信用ならないっていうんだ。ばか」
「そ、それは違うって獄寺!」
別に好きだけどけなしわけじゃない。
ただ。
(不安で……)
少しでも獄寺にこっちを向いて欲しかっただけなのだ。
ただそれをどうして伝えていいかわからずにいると、獄寺の顔が近づいてきた。キスをするのかと反射的に目を瞑ったのに、
「……しってるっつの」
また鼻を掴まれてしまった。
「獄寺……」
「ちょっと試しただけだ」
山本武は、決して頭の回転の遅い男ではない。普段は野球にばかりつぎ込んでいる労力を脳におくりこんで、獄寺の言葉の意味を考えた。
そして出た答えは。
(あれ……これって)
もしかして。もしかしなくても。
(俺、獄寺に愛されてる?)
考えるまでもなく目の前の獄寺は顔を赤くして山本を睨みつけて「なんだよ」だなんていったりする。それがあまりにも可愛いものだから思わずキスをすると力一杯殴られてしまった。
(嫉妬してくれたりとか?)
いま自分が獄寺の言葉に一喜一憂しているように。
獄寺もまた自分のいうことを気にしてくれていたと、そう解釈をしてもいいのだろうか。
自分と同じようにムカムカしてグルグルしてくれたのだろうか。
(そうだったら、嬉しい)
それに、とても愛しい。
「獄寺」
「あ?」
「……ごめん」
獄寺以外のこと、簡単に好きっていってごめん。
小さく伝えてキスをすると、獄寺はしばらく悪態をつくかどうか考えるような顔をしてから「わかればいいんだよ」とやっぱり顔を赤くしていった。