部活あがりの放課後。二人きりの教室。
いうならば、いましかない。

 


しあわせをあなたへ

 


「なあ獄寺、四月二十四日って、何の日か覚えてる?」
「さー何の日だったかな」

 覚えているくせに。イジワルな恋人にめげず、俺は続ける。

「俺の誕生日なんだけど」
「へーお前にも誕生日ってあったのか」

 ひどい。
 だけどまだ俺はめげない。なぜなら誕生日に、必ず、絶対、何があっても貰いたいものがあったから。
 獄寺でないとダメ。獄寺からしかもらえない。特別なもの。

「だからさ……」
「ん?」
「その」
「なんだよ、はっきりいえよ」

 イライラして眉間に集まったしわにキスをして、じっと獄寺の目をみつめる。
 
「だから、その日。俺とエッチしませんか?」

 心臓の音。獄寺に聞こえていないだろうか。
 獄寺は少しのあいだ呆然と俺をみて、それからゆでだこみたいに真っ赤になって右の手のひらで顔をかくしてしまった。

 


 獄寺と付き合って、じつはもう一年とちょっとたつ。それでも俺たちは清いお付き合いを続けていた。
 だってまあ、お互い中学生ですから。付き合った頃はまだまだ本当に幼くて手を繋ぐのも恥ずかしかったし、キスをするのに精一杯だったのだ。
 それ以上なんて、考えもしなかった。一緒にいられるだけで幸せだったから。でも、それがいけなかったのだと思う。
 おかげで一年もたってしまえば、逆に「それ以上」に進展しにくくなってしまったからだ。
 もう今は一緒にいるだけなんて我慢できない。だって獄寺がそばにいるのに。となりにいてくれるのに。もっと近くにいきたい。もっと触れたい。できるなら、一つになって溶け合って。
 俺だけの獄寺に、してしまいたい。
 
 何回だって想像したし、夢にもみた。正直、獄寺で抜いたことなんて数え切れない。だって好きなんだ。すごく。

 だから、これはチャンスなのだ。せっかくの。一年一度のビックチャンス。
 誕生日を口実に、獄寺とエッチをする。この日を逃せば次はいつこんなチャンスがくるかわからない。
 
 だから耳まで真っ赤にしてうつむいてしまっても、逃がさない。頼むよ獄寺。
 肩を掴んでつむじに口づけると、上目遣いにとんでくる恨めしげな瞳。駄目押しとばかりに、耳元で囁いた。

「お願い、獄寺」

 獄寺はうなずかない。俺もひかない。
 根負けしたのは、獄寺のほうだった。

「……しょうがねぇな」

 風に吹かれれば消えてしまいそうな声も、けれど聞き逃さない。飛び上がりたいほどの喜びをかみしめて、力一杯に獄寺を抱きしめた。


*

 とはいっても二十四日は月曜日。学校があるので、前日の夕方から獄寺の家にいくことになっていた。なにぶん俺の家は落ち着かないらしい。

 その日。思いっきり張り切っていた俺は昼すぎ、部活が終わるなり獄寺の部屋に行って力一杯に嫌がられた。

「はえーよ馬鹿!」
「だってしかたねぇーって!」
「何がしかたねーんだよ! こんな時間からとかしないからな!」
「わ、わかってる」
「絶対しねぇ!」
「わかってるって!」

 本当はわかってなかったけど。
 もはや獄寺のところに泊まる気まんまんな俺は部活にまでお泊りセット(といっても着替えぐらい)を持っていて、そのままダッシュできたのでまだユニホームを着ていた。獄寺は俺の格好をみるなりため息をついて、風呂場に向かう。

「湯ためとくから、あとで入れ」

 そういう獄寺の顔は、やっぱりいつもより少し赤く見えた。


 けれど折角獄寺が貯めてくれたお湯も、適温のシャワーも。体の汗は洗い流してくれるけれど、頭の煩悩はちっとも洗い流されてくれそうに無い。

 もう頭の中はそのことばっかりだ。
 獄寺、どういう声を出すんだろう。体もやっぱり女の子とちがって(といっても女の子の体を知らないけど)あまり柔らかくはないんだろうな。でも肌はとても白くて綺麗だから、さわり心地はいいに違いない。体温も低そうだから、俺が暖めてやらないと。
 そんなことを考えていると正直な俺の分身は緩やかに立ち上がって、そのまま風呂場で一回抜いてしまった。獄寺にばれないようにシャワーでしっかり洗い流す。白い精液がざあざあと雨のようにふる水と一緒になって排水溝のなかに流れて行く。これが後で獄寺の中で吐き出されるのかと思うとまた興奮した。

 そして風呂から上がると獄寺が不機嫌そうにテレビを見ていた。

「獄寺」

 名前を呼ぶけれど返事はない。ただ耳がちいさく動いたので聞こえてはいるんだと思う。そっと後ろから近づいてソファー越しに抱きしめる。髪にキスをして、首と肩の間に顔をうめた。
 あ、すこしシャンプーの匂いがする。朝風呂したんだろうか。指ですくように髪をなでると、糸のようにさらさらと銀色が滑り落ちていった。
 獄寺の髪は、いつも少し冷たい。
 しばらくそうしているとふと獄寺の手が俺の髪に伸びてきた。

「お前、まだ髪かわかしてねーだろ」
「あー、うん。そのうち乾くし」
「俺にはいつも乾かせってうるせーくせに」
「だって短いしさ」
「ていうかそうやってると俺が冷たいんだよ! タオル寄越せボケ」

 獄寺は気が短い。俺の額を手のひらで押し返しながらタオルを奪い取って、そのままソファー越しにガシガシと乱暴に俺の髪を拭き始めた。

「獄寺」
「あんだよ」

 獄寺って意外と俺のこと愛しちゃってるよな。といおうとしてやめた。わざわざ機嫌をそこねる理由はない。
 なんでもない。と首を振ると「まったくお前は」とか「果てろ」とか「馬鹿」とか小言が飛んできて、それでも俺の髪の毛をふく手は止まらない。あんまりそれが乱暴なものだから水しぶきが飛んだり前髪が目にはいったり大変なんだけど、それよりあまりに至近距離な獄寺に俺の心臓が一番大変だった。 
 思わずつぶってしまった瞼を開けると、獄寺と目があう。近い。ソファーを一つ挟んで、すぐそこの距離。どうしよう、愛しい。
 水や髪の毛が目に入るのも構わずじっと獄寺を見つめていると、髪をふく手が止まった。そっと腕を伸ばして手のひらで獄寺の頭を引き寄せる。顔の角度をずらしてキスをすると、少し唇が震えていた。獄寺の唇か、俺の唇か。それはわからなかったけれど。

「獄寺」
「……なんだ」

 獄寺の頬があかい。俺も赤いんだろうか。心臓がうるさい。体中が獄寺を好きだといってる。欲しい。獄寺が、欲しい。
 もう頭の中は獄寺で一杯で、抱きしめて引き寄せるのにソファーが邪魔で。

「もう俺、我慢できねーよ」

 我慢しようとは思ったけれど。でもムリ。だってこんなそばに獄寺がいるのに。一年半も我慢したのに、これ以上は、もうムリ。
 ため息のように耳元で言葉を落とすと、獄寺からも腕が伸びてきて抱きしめ返してくれた。

「ガキ」

 獄寺の体温が暖かい。声が優しい。吐息が熱い。
 どちらからともなくキスをして。
 ああ本当に獄寺とするんだなと思ったら、また体があつくなった。

 とはいっても中学生同士の初エッチですから。どうもムードを保つのは難しい。そのまま寝室にいってベッドの上に座って獄寺と向かい合ったまではよかったけれど、これからどうしていいのかがわからない。
 獄寺は思い出したようにベッドから降りてカーテンを閉めてまた俺の前に座った。さっきまでのかわいい表情はどこへやら、また不機嫌そうになっている。
 
「あの、獄寺」
「あ?」
「エッチ、してもいいですか?」
「聞くなよこのボケ!」

 だってこのままだと俺たちお地蔵さんみたいに向かい合ったままじゃん。なんて恨みごとをいうまえに枕が飛んできた。
 それを顔で受け止めて獄寺をみると、真っ赤な顔をしてうつむいてしまっている。

「獄寺はさ、俺とすんの嫌?」
「……だったらベッドにまであげるかよ」
「うん」
「だいたいどっちが……その、上、すんだよ」
「上?」
「だからタチだよ」
「たち?」
「お前本気でやる気あんのかよ!」

 あるとも、ありありですとも!
 一生懸命本とか読んで勉強はしたけど方法とかばっかりで、なんとなく専門用語だというのはわかるけど意味がわからない。

「だからどっちが挿れんのかって……ことだ!」
「……あー」

 そら俺たちは男同士だからそういう問題があるんだよな。当然。
 でも俺は、

「獄寺を、抱きたいな」

 どうしても。

「もし獄寺が挿れたいっていうなら別に俺は別にいいけど、でも今日は俺がやりたい」
「なんで?」
「好きな奴抱きたいって思うのは当然だろ。誕生日だし、わがまま聞いてくれよ」

 自分でも卑怯だな。とは思ったけどやっぱり獄寺を抱きたい。正面に座る獄寺の手をぎゅっと握ってそういうと、低くうめくような声が聞こえた。
 
「お前、ほんとヤな奴」

 そういってうつむいてしまった獄寺に座ったまま少し近づくと、顔があがる。その頬を両の手のひらで挟んで顔をゆっくり近づけると、獄寺からも距離が近づいて自然に唇が重なった。
 ただそれが何だか照れくさくて、唇を離すタイミングがわからない。触れるだけのキスなのに。何度もしているはずなのに。
 まるで初めてみたいに胸が高鳴った。