epilogue


 

 目が覚めたら日がくれていた。ああそら昼間からずっと寝てられるはずないしな、とか思って起き上がったら隣には山本の馬鹿面があって。なにを呑気に寝てるんだよこいつはとか思ったら何だか腹が立って、その頬を摘んでひっぱった。ざまーみろ。
 だけどそれでも腹の虫は収まらなくて、どうしたものかと考える。そして答えが出るよりも早く、その唇にキスを落としていた。

 ……ざまーみろ。知らない間に俺からキスをされていたことを知って、悔しがるといい。
 ついでだとばかりに耳元に唇をよせて、ささやくように言葉を落とす。 

「Buon compleanno」

 寝ているとわかっていても、日本語で伝えるのは照れくさい。だから夢の中でもわからないだろう言葉をあえて選んだ。

 時刻はまだ日付変更線をまたがない。祝うには少し早いけれど、お前だってフライングしたんだからおあいこだろう?

 誕生日、おめでとう。山本。


Epilogue


 目が覚めたら日がくれていた。……なんてなもんじゃない。あたりは真っ暗だった。
 きょろきょろと目線を動かして時計をさがすと、闇に照らされた蛍光ライトが午後十一時過ぎを表示している。寝すぎだろ俺、と自分で突っ込んで気付く違和感。

「……ごくでら?」

 本来となりにあるはずのぬくもりがない。いそいで飛び起きてベッドの上を手のひらでさぐると、シーツはすでに冷たくなっていた。

「……なんで」

 もしかして全て夢だったのかもしれない。それはありえる話だった。
 だって、あまりにも幸せな時間だったから。
 けれど確かに俺は服を着ていないし、ここは獄寺の部屋だし、腕はしっかり熱も形もおぼえている。
 
 もしかして俺との行為が嫌で顔もみたくないんじゃ……。

 と。そこまで落ち込んだところで、

「やっと起きたかアホ」

 声はかかった。
 ああよかった。獄寺がいた。それだけで涙がでるほど嬉しくて、思ってた以上に不安だったことをしった。

「獄寺……」
「あんだよ」

 獄寺は煙草をすいながら寝室の扉にもたれかかっている。さっきまであんなに可愛く俺の下でないていたなんて信じられないぐらい、いつも通りの獄寺だ。

「体、大丈夫か?」
「おかげさまでな」
「痛くねー?」
「いてーよ」

 とりつくしまもないような台詞だけど、真っ赤な顔をせいでだいなしだぜ。獄寺。
 いそいでパンツとズボンをはいて、うつむいて首筋まで真っ赤にしている獄寺に駆け寄った。そのままキスをしようとしたけれど、小さく顔をそらされてしまう。
 それだけのことで、ほら。俺の心臓はまた壊れそうなほど小さくなってキリキリと痛みだす。
 だって好きなんだよ獄寺。だから不安で仕方がないんだ。

「……いや?」
「そういうわけじゃ……」
「いやに、なった?」
「ちが……っ」

 勢いよく顔をあげた獄寺と目があって、なんだか気まずくてお互い小さく一度目をそらして。それでもやっぱりか顔がみたくて目線を向けると、また獄寺と目が会った。

 変なのな。なんだか今さら付き合い始めた頃にもどったみたいだ。
 好きだけど不安で。信じてるけど、不安で。それでも、胸の中が暖かくて獄寺のことしか考えられなくて。

「獄寺?」

 お互い言葉をだせずにいると、突然獄寺が背中をむけて歩き出す。するとやっぱり腰が痛むのかかばいながら歩いているのがわかった。心配でおいかけると、ハンガーにかけられていた上着をとって玄関にむかって進んでいく。

「どこいくんだよっ」
「コンビニ」
「コンビニって……」
「お前も、こい」

 扉の前で立ち止まって、振り返ることなく獄寺がいった。一秒、二秒。三秒はじっくりその意味を考えて、あわてて俺も上着をとりに部屋に戻る。この格好ででたら確実につかまる。
 
 四月といえども夜の風はまだ冷たい。獄寺が風邪をひかないように少し厚めの上着を持っていく。そして獄寺が着ていた服と交換させて、薄い方を俺が着た。

「お前は風邪ひかねーのかよ」
「ほら、馬鹿は風邪ひかねーっていうじゃん?」
「確かにな」

 あ、ひどい。ちょっとぐらい否定してくれたっていいのに。
 外にでると満点の星空。とまではいかないけれど、すんだ空だった。
 普段はそこそこ人通りがある道も、さすがにこの時間は誰もいない。

 手を、繋ぎたい。そっと隣の獄寺をみて息をのむ。小さく手を伸ばしては引っ込めて、また伸ばして。ためらうごとに、なんだか緊張感がましていく。
 なにを今さら緊張するんだよ、俺。もっとすごいこと俺たちさっきしたんだぜ? 手を繋いだことも何度もある。
 だけど今日は変だった。
 それでも手を繋ぎたくて、少しでも獄寺と触れ合っていたくて、勇気をもって口をひらく。

「ご、ごくでら!」
「あ?」
「手を、つなぎませんか……?」

 なんでここで敬語なんだよ、俺。
 ごまかすように少し強引に獄寺の手をつかんでつなぐと、笑い声がきこえた。
 獄寺の指が開いて、そっと俺のそれにからまる。手のひらから、指先から、熱がつたわる。
 
「……なんだか、照れくさいな」
「てめぇからやっといて……」
「いや、そうなんだけど」

 そういえば付き合い始めてすぐも、こうやって二人で手をつないで夜歩いたことがあった。獄寺は覚えてるだろうか。あのときは手のひらに汗をかきすぎて、獄寺に嫌がられていないか気になって会話なんて殆どまともにできなかった。
 なああの頃より俺、ずっとお前のことが好きだよ。

「コンビニで、なに買うんだ?」
「あータバコ」
「……あれ、でもさっきテレビの横にまだ……」
「それと!」

 あったと思う。というまえに、獄寺の声にさえぎられてしまった。

「ついでに、ケーキでもかってやる」

 そういう獄寺の顔の色は、残念ながら夜に隠れて見えなかったけど。たぶんきっと、その色は俺の予想と同じだろうと思う。
 
「……なあ」
「なんだよ」
「また、しような」
「……ばーか」

 しない。とは返ってこなかったから、今日はとりあえずこれで満足しておくことにする。

 

 一年前より、一年後。昨日より、今日。一秒前より、一秒後。ぜったい俺はお前のこと好きになってる。
 すきだ、なんて言葉では伝えきれないぐらい。
 これからもたくさん、キスもセックスもしたい。いや、する。
 それでも、たぶん。きっと。

 こうやって手をつなぐのは、いつまでたっても恥ずかしいままなんだろう。

 

こんどこそ、終わり!