unripe


 


時々。本当に時々。
山本に欲情するときがある。

(違う違う違う、これは気の迷いだ。若さの暴走だ。むしろ呪いだ)

隣で呑気に寝息をたてる山本をじっと見つめながら、獄寺は必死で湧き上がる衝動を否定するが、腹の底が熱くなるのは押さえられない。

(オレは、ホモじゃない)

そもそも山本なんて、嫌いなのだ。
馬鹿でアホで、野球しか見えなくて。十代目になれなれしくて、いつも呑気に笑っていて。
そのくせ時々真剣な目をするのがずるい。
そんな男の部屋に泊まるようになったのは、本当に不覚だった。
愛想よくした覚えはないのに、山本はよく獄寺に構う。思い出したように「寿司を食いに来いよ」と誘っては、あれよこれよと言いながらいつの間にか部屋にあげ、そのうちには勝手に布団をしいて(しかも一枚)、いつのまに泊まることになってしまっているのだ。
山本が優しいなんて誰か言ったのかと思う。この男は傲慢で身勝手で、とても我が侭だ。

(そうだ、オレは、山本が、大嫌いだっ)

自分に言い聞かせるように心の中で叫ぶけれど、体を支配する熱はどこへも逃げてはいかない。落とされた照明のなか、山本を見る。最初はうっすらとぼやけていた輪郭も、暗闇になれた目はその姿をはっきりと映し出した。

「……やまもと」

小さく名前を呼ぶが、起きない。

「おい、やまもと」

今度はもう少し大きな声で呼ぶけれど、やはり起きない。
そうだ、山本は一度寝たら起きない。
念のために今度はもっと大きな声で名前を呼ぶが、結果は変わらなかった。

(畜生……っ)

すべて若さのせいだと言い訳をしながら、獄寺は上半身を起こして山本の顔を覗き込む。そして恐る恐る指を伸ばして、顔を輪郭をなぞった。

このシャープな顎のラインは、好きだと思う。触ってみなければわからないほどわずかに貼ったえらの感触も、嫌いじゃない。

(ちょっとだけ)

今度は指を唇へ移動させ、その形をなぞった。一見形の整ったそこは、触れてみると少し薄くて上唇が突き出ている。
しまりが悪そうな口だと嘲笑いながら、そっとその上に自分の唇を落とした。

(……おきんなよ)

唇を離すのがなんとくなく、もったいなくて。そのまま少し口を開いて、舌で山本の唇をなぞる。出来ればアホみたいに開いた口の中まで侵入したかったけれど、さすがに起きるかとぐっとこらえた。


こうやってキスをするのは、初めてではない。
最初は、気まぐれに。今では決まって、山本の部屋にとまれば繰り返している行為だ。
初めはドキドキして、後には罪悪感にさいなまれたものだが、今ではそんな感覚は麻痺してしまっていて。下手をすれば「もっと」と疼く自分の体を飼いならしている。


(……いつか)

いつか、この唇に自分以外の人間のものが触れるのだろう。
現に今日だって、山本が女子生徒に告白されるところを目撃していた。断っていたようだけど、せめてキスだけと泣きながら懇願していた女子の願いを聞いたのかどうかまでは、わからなかった。
見る前に、逃げてしまったから。

(これは……なんだ?)

なぜ、逃げてしまったのか。どうして、山本がキスをするところを見たくないなどと思ってしまったのか。
それが、わからない。
その唇に誰も触れないで欲しいなどという身勝手な感情を、獄寺は知らない。

(オレは、オレは山本なんて嫌いだ)

それなのに、熱くなるこの体はなんなのか。
その答えをごまかすように、獄寺はもう一度だけ、そっと山本の唇にキスをおとした。

 

MAJIで恋する五秒前の獄寺くん。
山本バージョンに続きます。