もっと。
熱いのか苦しいのか痛いのか気持ちいいのか。何もわからないけど、それでいいと思った。 目じりのすぐそばを流れていくのが汗なのか涙なのか、そっと他人事のように自分に問いかければ、どっちでもいいと返ってくる。
そう、どっちでもいいのだ。何だっていい。 この胸の辺りでくすぶる熱が。心臓が燃えるような熱さと痛みが。 それをお前と分け合いたいと思う、この気持ちが。 これが真実なら、それだけでもう何もいらない。
「獄寺」
名前を呼ばれて初めて、自分が目をつぶっていたことを知った。 声に応えるために両目を開いたけれど、眼球を覆う涙のせいでよく見えない。ただすぐ近い所で山本の輪郭がにじんで見えた。
「大丈夫か?」 「大丈夫なわけ、あるかっ」 「うん、好き」
まったく会話になっていない。たぶん、山本も苦しいんだと思う。
一つになりたいと山本が言ったから、なってみろよとオレが答えた。それが、ついさっきのこと。 そりゃあオレだって子供じゃないんだから(子供だけど)何もわからないわけじゃねーし。 男同士のせっくすの方法をしらないわけでもない。それがどういうことかも。 どっちが入れるか入れないかで喧嘩をして、ジャンケンで山本が負けたくせに結局オレがいれられることになって。 痛いけど、苦しいけど。 ああそれでも幸せだと思うこの気持ちが、山本がオレに求めるものだったらいいのに、と思う。 けれど見上げればそこにあるのは苦しそうな山本の顔で。
女だったらよかった。 オレか、お前か。
ぎちぎちと音が聞こえるくらい、あらぬ所が開いてお前を受け入れるのに。 それでも、まだお前と一つになるのに足りない。
「獄寺の、中、熱い……」
バカ、お前が熱いんだよ。
「ごめん、ごめんな、獄寺」
あやまるな、バカ。
「獄寺こんな苦しそうなのに、オレだけ幸せで、ごめん」
そっと山本の長い指がオレの頬に触れて、唇との間を行き来する。
「なあ獄寺、好きだ。すげぇ、好き。大好き」
何を言おうと思ったか自分でもわからないけど。思わずひらいた唇の間に、山本の指が入ってくる。 舌の輪郭を薬指が伝う。人差し指は歯列を。皮の厚い指先が気持ちいい。 唇を閉じて指を吸い上げれば「くすぐってー」と山本が笑う。くすぐってーのはオレだっつうの、バカ。 じっと睨みつけると、声をあげて笑っていた山本の瞼が落ちて、すこし睫が震えた。
「獄寺」 「な、んだよ」 「ごめん、ごめんな」 「あ、まるな……っ」 「うん、でもオレすげぇ、幸せだ。ほんとごめん、好きだ。すきだ、獄寺」
山本の両腕がオレの背中で絡まって、頭がオレの肩におちてきた。つながりが深くなって苦しいけど、それでも構わない。
「オレ、女じゃ、ねえから」 「うん?」 「お前、いた、いだろ?」
小さく問えば山本は顔をあげてきょとんとした表情を寄越してから、困ったように首を傾げて、オレの髪に触れた。
「だって、獄寺も痛いだろ?」 「そ、だけど……」 「オレは、分け合えてるなら、それも嬉しい」
それから山本は本当に幸せそうに目を細めて薄めの唇を持ち上げ、
「幸せすぎて、死んでもいいぐらい」
優しいキスと一緒にそう言葉を落とした。 じん。と、耳の奥と腹の下が痺れる。 甘い疼きは快感にひどく近くて、ああきっとコレを幸せというだろうと思った。 溶け合ってしまいそうなほど近くにいる山本の額に、自分のそれを合わせる。
「バカ、死ぬとかいうんじゃねーよ」 「だって、死にそう」 「お前が、死んだら……」
そこでふと、言葉を止める。 口をついて出るところだった言葉に赤面して、顔をそらした。 雰囲気ってのは、本当におそろしい。
「死んだら、なに?」
なのに山本は悪戯に笑って、先を促してくる。 いつもはとことん鈍いくせに、こんな時だけ聡くて嫌な奴だ。
「なんでもない」 「ふーん」 「なんだよ!」 「なんでもない」
ふざけんな! と声をあらげようとしたところを、強い力でまた抱き寄せてくる。
「すき、より。もっとこの気持ちを的確に表す言葉があればいいのに」
いつになく真剣な声音でそんなことをいうから、おもわず可笑しくて笑ってしまって、山本に睨まれた。 「本気なのに」と拗ねたようにいうから、返事の代わりに俺も小さく山本を抱き返した。
「言葉、なんか、いらねーよ。ばか」
どんな言葉もいらない。 ただ、その抱きしめる腕の力だけで、他には何もいらないから。
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