ICE MAN 


 

「氷になりたい」と突然山本がいったので、ああ暑さで頭がやられたのかと同情することにした。

山本の野球の練習に付き合った後、どこかへ遊びにいこうかと誘われたけど、あまりの暑さに出かけるきもしなくて、オレの家に直行した。
すぐにクーラーかけても真夏の太陽にあたためられた部屋は簡単には冷えてはくれない。
仕方なくありったけの氷にコーラを入れて飲み干して、まだ冷え切らない体をなぐさめるように溶けかけたそれを口に含めば、山本が突然そんなことをいいだしたのだ。

「オレなんか暑いって理由だけで獄寺に近づけさせて貰えないのにさ、氷は冷たいって理由だけで獄寺の中に入れてもらえるんだぜ?」

夏は暑い。
だから山本の頭がイかれてしまってもしょうがない。
オレは海のように広く山のように大きな心でそう思うことにした。

「オレも獄寺の中に入りてぇよ」
「んでもって獄寺の熱でドロドロに溶けてたい」
「そしたら獄寺のナカをオレでぐしょぐしょに濡らしてやれるのになあ」

てめえそれ絶対わざと言ってるだろ。
思わず口に含んだ氷を吐き出しそうになるのをこらえて山本を強く睨めば、へらりといつもの笑みでかわされた。
「だって本当のことだろ」と悪びれもせずに言う山本に見せ付けるように、氷を噛み砕く。
いくつもの小さな欠片となって口や喉のそこかしこで溶けていく氷に、ひやりとした心地よさと物足りさを感じながら。

「だって獄寺オレが近寄るだけでも嫌がるじゃん」
「だからなんでこのクソ暑いのにへばりつくんだよ、お前は」
「ほら、暑いときには熱いものをっていうじゃん」
「オレは暑いときには冷たいものがいい」

少し口を開いて会話をすれば、さっきまでの氷の余韻はすぐになくなってしまう。
もっと、と乾いた口腔と喉がうったえるけれど、山本の視線が邪魔で素直に口にふくめない。

「オレは暑いときでも寒いときでも、獄寺がいいけどな」

だからなんでお前はそう恥ずかしいことを言うんだ。と声を出す前に、山本の手が伸びてきた。
日に焼けた長い指はオレの手元のコップを奪い取り、もう一方の手はオレの頭を引き寄せてくる。

「だ、だから暑いっていってるだろうが!」

ただでさえお前は体温が暑いんだ。自覚しやがれ。
けれどそんなオレの訴えなど知らぬふりで、山本はコップの中を氷を口にふくんだ。

「暑くなかったらいいんだろ?」

悪戯気に笑ったと思えば、強引に引き寄せられてキスを仕掛けてくる。意地でも抵抗しようと一文字に結んだ唇をからかうように、山本の舌が輪郭をなぞった。
その舌が氷に冷やされてほんのり冷たかったのが、いけない。

「ん……」

おもわず開いてしまったその隙間から、侵入してくる柔らかな感触。舌を引っ込めて抵抗しようと思うのに、優しく誘われてしまえばつい反応してしまう。
山本の口腔が冷えていてそれがとても気持ちよくて。舌を甘噛みされると、我慢しきれない声が漏れた。

「はぁ……んっ」
「な、気持ちいいだろ?」

何度も角度を変えてキスをされ、口を離した時に伸びた唾液を、小さな口付けで攫っていく。
ただそういう笑みがとてつもなく鼻についたので、顔をそらして答えずにいると、山本はまた氷を口に含んだ。

「なら、もっと気持ちよくさせてやるな」

だからどこから来るんだよ、その自信は。
ぎろりと睨むとまたキスがおちてくる。それに黙って目を瞑ってこたえてしまうのは、やはり惚れた弱みなんだろうか。
重なってくる上唇の柔らかさが心地よくて、自然と口が開いた。やはりその隙間から山本が侵入してくるのだろうとおもったら、舌と一緒に何か違うものまで入りこんでくる。

「ん、なっ……」
「冷たいだろ?」

山本の熱い舌から零れ落ちてくる、冷たい水滴。それはオレの舌をつたって、喉へと流れ込んでいって。
口内で転がる冷たい固形物が、氷だと気付くのに時間はかからなかった。

「て……めっ」

恥ずかしさと居心地の悪さに強く睨めば、山本の手のひらが伸びてきて、目を覆われてしまう。
そうしている間にも、山本の舌は勤勉に動いていて。氷を舌の上にのせながら、歯列をなぞり上顎を伝い、口腔を万遍なく蹂躙していく。
その働き振りをどうして勉学に発揮できないのか。

「やっぱりオレ、氷になれなくてもいいかも」

よいしょと掛け声をかけてオレを膝の上にのせてくる。そうするとどうしても熱を持った固いものを無視することが出来なくて、のぼってくる熱をかくすように山本の肩に顔を隠した。

「だって氷だった、獄寺の気持ち良さそうな顔みれないしな」

ふげけんな。と思うのに、もう体はいうことを聞かなくて。また含んだ氷を唇に挟んで、喉元に押し付けてくるのを拒むことができない。

「だから獄寺、続きしていい?」

だめだ。といいたいのに。突き放して暑苦しいといってやりたいのに。


「暑かったらすぐやめるからな」
「大丈夫、クーラーもすぐきいてくるって」

山本の指が、服のボタンにかかる。開かれていくそこかしこに、氷と一緒にキスが落ちてきて。
体の中心伝っていく冷たくて暑い唇の熱は確かに感じながら、
オレは目を閉じて山本の頭に腕を回した。

 

一周年記念無料配布本に載せたもの。
暑さで頭をやられていたのは私です。