春。



「除夜の鐘を鳴らしにいって」
「おう」
「おみくじひいて」
「おう」
「夜店で当て物やって」
「おう」
「獄寺にイイトコみせて」
「……」
「家にかえって姫はじめする」
「ひめはじめ?」
「それはスルーして」
「……おう」

山本の部屋の小さなコタツに肩まで埋もれながら、獄寺は適当な相づちをうった。会話よりも、手に持ったミカンをむくほうに集中しているらしい。
コタツとミカン、借り物のはんてんがお気に召したのだろう。やる気はなさそうだが、機嫌は良さそうだ。

「なあ獄寺きいてる?」
「おう」
「じゃあ俺いまさ、なんていった?」
「ひめはじめ」
「それはいいんだけど」
「おう」

獄寺の意識はひたすら、ミカンに向いている。実と皮との間の白い繊維をむきながら、ときどきテレビの漫才に耳を傾けている。

「で?」

構ってもらえずすね始めた山本を横目に、先を促す。

「やりたかった」
「仕方ねぇだろ、お前がインフルエンザとやらにかかるから」
「だって……」
「だってじゃねぇよ、ばーか」

本日は元旦。一月一日。
一緒にカウントダウンしようと約束をしていたのだけど、山本がインフルエンザにかかって倒れしまったのだ。
 
「だからこうやって、俺がわざわざお前の家にまで来てやってるんだろうが。感謝しろよ」
「もう治ったから、初詣いこう」
「馬鹿。病み上がりが肝心だから、無茶しないように見といてくれって、お前の親父さんにまかされてんだよ。俺は」

山本のオヤジさんは知り合いの店に手伝いに呼ばれたらしく、仕事にでかけてしまっている。
毎年のことらしいが、今年は息子が熱をだしていたのでよほど後ろ髪をひかれる思いだったらしい。

「確かにオヤジ、獄寺がいるなら安心だっていってたけど」
「だろ? 頼りになる男なんだよ、俺は」
「それは、そうだけど」

まだ山本は不満らしかった。
ここ何日か寝てばかりいたので、よほど体力があまっているらしい。

「あーあ。折角いっぱい予定たてたのになあ」
「また来年すりゃいいじゃん」

ぽつりともらすと、山本の顔がぱあと明るくなった。

「な、なんだよ」
「それってさ、来年も一緒にいてくれるってことだよな?」
「……いねぇのかよ」
「いる! 絶対いる!」

一気に元気になって返事をする山本に、獄寺もしらず笑顔になってしまう。
バカ。と一言つぶやいてキスを落とすと、もう一つ山本の顔が笑顔になった。

「ミカンむけ」
「はいよ!」

 照れ隠しとばかりに下をむいて獄寺がつぶやけば、機嫌よくミカンをむきはじめる。

「あと、餅もくいてー」
「オヤジがこないだ町内会でついた餅あるから、それ食おうぜ!」
 
ミカンをむき終えるなり、いきおいよく立ち上がって餅を取りにいく山本。

(扱いやすいやつ)
 
とは、声にしないけど。
病み上がりの人間をここぞとばかりに使うのもどうかと思うが、

(ま、山本だしな)

ということで、自分を納得させる。

「おせちも置いてってくれてるから、あとで食おうな!」

お皿の上にぷっくりと膨れたお餅を二つのせて、山本が帰ってきた。

「おせち……いいな」
「後でな! 先に餅くおうぜ!」

餅の膨れた部分を箸でつつき、醤油をたらして、獄寺の口の前に運ぶ。腹の虫を呼び覚ますいい匂いに思わず口を開きかけて、慌てて首を振った。

「……何だよ」
「あーん!」
「しねえよ! 自分で食える」
「たまにはいいじゃん……俺病人なんだぜ?」

普通病人に食わしてやるもんじゃねぇのか!? と、思ったけれども口にはせずに飲み込む。

(じゃあ食わしてくれ、とかいわれたら後が面倒だ)

それでも食べるものかと必死で口を閉じて抵抗をしていた獄寺だったが、目の前で餅が固く冷たくなっていくのには耐えられなかった。

「畜生」

と文句を言いがてら口を開けば、

「へへ……、あーん」

と、呑気な声が返ってくる。
目の前に差し出された餅をついばんで、噛み千切ろうと歯に力をいれれば、どこまでも伸びてゆく。

「んー、き、れねえ」

不満げに獄寺がうなっていると、何をおもったのか山本が餅の反対側を口に銜えた。

「あにしてんあよ!」
「両方からくってけば早いだろ?」 
「うあけんな!」

ふざけるな。といいたいが、口の中の餅のせいでまったく言葉にならない。

「いいからいいから」

何がいいんだよ! と言いたいのに、山本の笑顔にさえぎられてしまう。
そうだ、いつだってこの笑顔に誤魔化されてしまう。
仕方無しに餅食べていけば、必然的に山本の顔が近づいてくる。

(これは、もしや……)

このままキスをしようという魂胆ではなかろうか。と。
思った所で、餅が切れた。

「……あー」

あからさまに残念な声をだす山本を力一杯睨みつけて、獄寺は慌ててちぎれた先の餅を口の中へと運ぶ。

「バカだろ、てめえ」

そういう獄寺も、ほっとしたような。
すこし、残念なような。

(残念なわけねえだろうが、バカは俺だ!)

ぶんぶんと頭をふって前を向けば、照れたように笑う山本の顔があって。
見詰め合って、一秒。どちらからともなく、キスをした。

「なんかネバネバするな」
「そら、餅食ったからしょうがねぇだろ」

それから、もう一度キスをする。

「俺いま、スゲェ幸せだ。獄寺」
「そーか。良かったな」
「来年も、一緒なんだよな」
「……おう」
「今年も一年、よろしくな」
「しょうがねぇな」
 
除夜の鐘を鳴らせなくたって。初詣にいけなくたって。
お前がとなりにいればそれでいいなんてそんなこと。とてもじゃないけど、言葉にできないから。
伝えられない言葉の代わりに、コタツ布団の下で山本の手をそっと握りしめた。

「なあ獄寺」
「なんだよ」
「姫はじめ、しよっか」
「……だから何だよ、ひめはじめって」


その言葉の意味を獄寺がしるのは、このすぐ後のことである。

 

去年の年賀小説の再録です。
年賀メールで申し込みいただいた方にメールで配信させていただいた
のですが、一年以上たったということで、少し修正してアップ。
去年からずっとお付き合いいただいている方にも、今年から初めましての
方にも、本年もどうか宜しくお願いします。