'07 Valentine SS

 

ター



「これ、受け取ってください!」
「……あー」

 校舎の裏。震える手で差し伸べられたチョコレートを見下ろしながら、獄寺は困って肩をすくめた。
 今日は二月四日、バレンタイン。そういう日なのは知っている。
 中学生の頃はそれこそ山のように貰ったけれど、高校に入ってからは断るようにしていた。
 嫉妬深い野球好きの恋人ができてしまったからだ。
 けれど中にはこうやって呼び出して真剣に告白してくる子だって、確かにいる。
 そしてこういう場合に限って、軽くあしらうには罪悪感が残るような、真面目で繊細そうな子が多いのだ。
 
「わりぃけど……」
「あ、あの、受け取ってくれるだけでいいんです!」
「いや……」
「貰ってくれたら、捨ててくれたっていいから……」
「でも……」
「ゴメンなさい、迷惑なのはわかってるんだけど」

 わかってるなら持って帰ってくれたらいいのに、と思うのだけど泣きそうな顔を見てしまえば強くもでれない。
 どうも昔から、女に甘いということには自覚がある。

「じゃあ……」

 と。いうが早いか、その少女は猪のごとく突進して獄寺に無理矢理チョコを渡し、そのまま走り去っていったのだった。

 


「へー」

 そして事のあらましを黙って聞いていた山本は、適当な返事をしながらその問題のチョコレートをひとつ口に運んだ。

「そんな理由なら仕方ないよな」
「……おう」

 二月十四日、バレンタイン。
 の、夕暮れ。
 部活を終えた山本は、いつものように獄寺の部屋へとやってきた。
 中学の頃はよく山本の部活が終えるのをまって一緒に下校したものだが、最近はそれもない。
 部活動が終わる時間が遅くなったというのもあるだろうし、何より山本がそれを求めなくなった。
 理由は知らないし聞かないけれど、ずっと一緒にいなければいけないほど子供ではなくなったのだろうと獄寺は解釈している。

「まあオレは一個も貰ってないけどな」

 くしゃりと顔を崩して爽やかに笑う山本を、鋭く睨みつける。

「だからオレは断ったつってるだろうが!」
「だからわかってるって」

 はは、と笑みを崩さない山本に、獄寺は小さく肩をすくめた。

(もっと、怒るかと思ったけどな)

 正直、拍子抜けである。
 とにかく毎年、この日はもめるのだ。
 良くも悪くも人の目をひく二人はどこにいたってもてるし、もらうチョコレートは両手では抱えきれないほど。
 それでもお互いの気持ちを確かめ合ってからは、貰わないように(山本が)決めた。
 獄寺もそんなつまらないことで一々喧嘩をするのも鬱陶しく、それを守っていたのだけれど。

(何だ、この程度の反応かよ)

 つまらない。という言葉が、胸に浮かんだ。
 喧嘩をしたかったわけではない。けれど、嫉妬をして欲しくなかったわけでもない。
 ただでさえ高校に入ってからすれ違いの生活が続いていた。決まって山本はこの部屋に来るとはいえ、お互いの知らない時間は確実に増えていく。
 大人になっていくのだ。少しずつ知らなかった遊びを覚えて、子供時代の友情や関係が置き去りにされても、仕方はない。
 それでもこうやって少しずつ反応が変わって、恋から友情へと変わって、少しずつ関係が希薄になっていくのかと思うと胸の奥が暗く翳った。

「……獄寺?」

 知らず知らずのうちにうつむいて考え込んでしまっていた獄寺の名を、不思議そうに呼ぶ。
 人の気を知らない恋人をきつく睨んで、持っていたタバコに火をつけた。その紫煙の先をしばらく見守ったあと、今度は試すまなざしで山本を見つめる。

「なあ、妬かねえの?」

 獄寺の視線の先にはタバコがある。その先には小さな机と灰皿、とチョコレート。さらにその向こう側で、山本が少し目を大きくした。けれど数回瞬きをしたあと、すぐにまたくしゃりを顔を崩す。
 
「妬かないとでも思った?」

 机より向こうにいたはずの山本は、ずいと無駄にでかい体をのばして獄寺の正面に現れた。

「馬鹿じゃねえの? 獄寺」

 山本は笑みを崩すことなく、いつの間にか手に取っていたチョコレートをこれみよがしに口にくわえる。

「これ手作りだよな。獄寺のために作ったのに、その恋人がたべるなんて思ってなかっただろうな」

 そういうトコ、獄寺は無神経だし。と、なんでもないことのように囁いて、そのまま口付けた。
 山本は目を閉じない。だから獄寺も閉じない。
 見詰め合ったままそれでも口付けは深くなり、その熱の間でチョコレートが溶けていく。

「ましてや、こんな風に使われるなんて夢にも思ってなかっただろうし」

 唇についたチョコレートを濡れた舌で掬い取って、目を細めて獄寺を見つめた。

「いい気味だろ」

 人のモノに手を出すなよなー。という山本の声音がまったく笑っていなかったので、とりあえず獄寺は聞こえないふりをした。

「オレもさ、いつまでも子供みたいに文句言ってても仕方ねーし、色々考えたんだよ。ちょっとでも獄寺にオレの気持ちをわかってもらうために、今年から体を張ることにしたのな」

 嫌な予感がした。
 どうも触れてはいけないところに触れてしまったがする。
 けれど気付いたときにはもうすでに遅く、獄寺の両手はいつの間にやら山本に捕らえられていた。
 
「だからこのチョコ使って、もっとその女子が考えつかねえよう事、しようぜ?」

 誰がするか! と文句を言うはずの口は先に舌に絡めとられて言葉に出来ない。変なところで要領のよくなりすぎた男を睨みつけるが、それもするりを交わされた。

(畜生! 最初からてめぇこのつもりだったんじゃねえか!)

 果てしてこれが大人になる、ということなかはわからないけれど。
 少なくてももう、獄寺にそんなことを考える余裕はありそうもなかった。

 


ということで、短いですがバレンタインSSです。
間に合ったー!(間に合ってないです
高校の山獄って、実は大好きです。