愛と呼ぶにはまだく。



 たとえば、こいつの手のひらの火傷を見るたび、バカだなぁと思う。

「お前さ、こんな火傷して痛くないの?」

 と聞くと、獄寺は心の底から呆れたような顔でオレをみて「痛いに決まってるだろ」といった。
 それから口に銜えていたタバコを手にとって、試してみるか? と首を傾げてくる。

「いや、遠慮しとく」

 軽く笑ってあしらえば、面白くないといった風にオレから目をそらして、窓の外を見やった。
 時は、五月。天気は、雨。
 しとしとと。惰性のように緩やかに空から落ちてくる雫は、梅雨時期のそれを彷彿とさせた。肌にシャツがすいつくような湿気がわずらわしい。
 一刻も早く家に帰ってだらけてしまいたいような気候なのに、なぜかオレはまだ学校にいる。
 なぜか、と言っても理由はわかっている。
 だって、ここに獄寺がいるから。

「ツナも……」
「あぁ?」
「ツナも、心配してたぜ?」

 獄寺が「何を?」といった顔で眉間にしわをよせた。オレがアゴで手のひらを示すと、納得したように一つ頷いて、少しだけ嬉しそうに口角を持ち上げる。

「……そうか」

 それだけだ。
 獄寺はそれ以外なにもいわなかったし、オレも他に言う言葉がなかったから、きっとこの会話はこれで終わったのだろう。
 また獄寺は窓の外に視線をうつした。オレはその視線を追わない。その向こうに、誰がいるかわかっているから。

「ツナ、終わりそう? 補習」
「あー」

 返ってきた返事はとても曖昧なもので、だからきっともう少し時間がかかりそうなのだと勝手に理解することにした。
 なにもこんな天気の日に外で体育の補習をしなくても、と思うのだけど、小雨であるし少人数ということで決行したらしい。
 獄寺は、当然といったようにそれを待っている。

「獄寺はさ」
「……なんだよ」
「本当に、ツナに一生懸命だよな」

 じっと獄寺をみつめていったのに、返事はこなかった。
 タバコの灰を空き缶に落とすその手のひらは、何度見ても火傷だらけで、そのうちのいったい幾つをツナのためにつけたんだろうと思う。
 
 こんなに一生懸命なのに、要領が悪くて、報われない獄寺。

 ああ、何てバカなやつ。
 同情と、それによく似たもやもやとした名前のない感情が胸に湧きでる。
 ふと気がつけば、オレの手は獄寺のそれに伸びていた。
 火傷だらけの手のひらに、マメだらけのオレの手のひらが重なる。

「バカだよな、獄寺は」

 傷ごと包み込むように、きつく握りしめる。
 手は、振り払われない。

 どうして獄寺はこんなにバカなのか。もっと、もっと上手に生きればいいのに。
 けれど、その不器用なこいつの生きかたを、どうしようもなく愛しいと思ってしまっている自分がいる。
 バカだ、と思うその感情は、愛しさととてもよく似ている気がした。
 どれだけそうしていたのか、ふと呆れたようなため息とともに声が降ってきた。

「……バカなのは、お前だろ」

 緩やかに、雨がふる。
 そう呟く獄寺の表情を本当はとても見たかったのだけど、顔を上げるのには少しだけ勇気がたりなかった。

 

愛でもなく、恋でもなく、友情でもなく。
友達以下、恋人未満。
そんな山獄。