恋と呼ぶにはまだ熟な。


 山本武と言う男が実は典型的なO型であって、細かい作業が嫌いなのを知っている。ただ嫌いだからといって、不得意というわけではないのだと言うことを、獄寺はいま改めて実感していた。

「んで、ここをこーやって、こうだろ」

 長く節ばった指が、起用に短冊を折り曲げていく。もとは長方形であった短冊は、少しずつ違う形へと生まれ変わろうとしていた。

「んでもって、ここにこの角を入れると……出来た!」

 つまらない、という心情を隠そうともせず前面に押し出している獄寺のことは気にもとめず、山本は晴れやかな笑顔と共に声をあげた。
 仕方無しにそれを見やって、大きなため息を落とす。

「なんだよ、それ」
「見えねえ? ハートだよ」

 見えなくはない。むしろどうみてもハートである。ハート以外の何モノでもない。
 聞いているのはそういうことでは無いのだが、訊ね直すのが面倒で「ふーん」と適当な相づちをうった。すると空気を読み取ったらしい山本が慌てて言葉を続けてくる。

「クラスの女子に教えてもらったのな! ほら、もうすぐ七夕だろ?」
「あー」
「んで、短冊に好きな奴の名前を書いて、こうハートにおって笹に飾ると恋が叶うんだってさ!」
「へー」

 いかにも興味がないという振りで頷くものの、内心は苦虫を噛み潰したようで。
 そんなことは知っている。と、つい口から飛び出てしまいそうだった。
 
「それで、お前は誰の名前を書いたんだよ」
「コレにはまだ書いてねーよ? まだ練習」
「誰の名前を書くんだ?」

 賑やかだった山本の話し声が消え、放課後の教室に静寂が広がる。
 ただそれだけのことなのに、なぜだか獄寺はただ一人世界に取り残されたような、そんな不安に駆られた。 

「……秘密」

 そして耐え難い沈黙の後に返ってきたのは、そんな言葉と泣き笑いのような表情だった。
 
(……いつから)

 いつから、彼はそんな表情をするようになったのか。春の日の太陽のように暖かく真っ直ぐな山本の笑顔が、陰り始めたのはいつの日か。
 恋をしているんじゃないかな、とは誰よりも心酔する人の言葉。
 そしてその言葉に不覚にも傷ついてしまったのは、誰でもない自分で。
 
(いつから、オレはこんなに山本にはまってたんだ)

 女子の間に、七夕のおまじないが流行っているのは耳にしていた。
 まず真っ先に思い浮かんだのは、山本である。
 彼は、いったい誰の名前を書くのか。自分なら、いったい誰の名前を書くのか。

(好きだ。オレは、山本。お前が、好きだよ)

 眉間にしわを寄せ、タバコを噛んでいなければ、うかつにも言葉にしてしまいそうで怖かった。
 伝える勇気なんてない。他の誰かをこんなに思っている山本を見るだけで辛いのに、気持ちを伝えて嫌われてしまったらきっと立ち直れない。
 
「どうせ、書いても叶わないんだけどな」

 なら止めておけよ。と、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。
 その代わりに手にしていたタバコを、そのハートの右斜め上に押し当てた。
 ジュッ、と小気味いい音がして黒ずんだ穴が開く。

「あっ、ひで!」
「どうせ練習なんだろ?」
「そういう問題じゃないだろー!」

 角度を変えながら空いた穴を見る山本の表情は、さっきよりも幾分かましに見えて、少しだけ気分が晴れた。

(止めておけよ。そんな叶わない相手なんて、止めとけ)

 オレにしておけよ。
 心の中でそう、小さく呟いた。

end


もちろん、山本が書く名前は獄寺です。
七夕ということで書いてみましたが、おまじないは完全な創作です。
本当にハートが折れるのは知りません。
なんとなく中途半端なので、時間があれば山本Brを書きたいです。