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後編
こういうとき、シャマルは何も言わない。 優しさなのか、ただ面倒なのか。たぶん後者だとおもうけど。 山本の病室をでたあと、どうやってココまで来たのかわからない。気がつけば、並森の保健室の前にいた。 帰り支度をして出てきたシャマルは、オレを姿をみるとただ一度大きく深いため息をついて、中に招き入れた。 それからずっと、ここにいる。 窓の向こうはは暗くなって、当直の先生が見回りきたのをシャマルがお得意の口の上手さで追い返したりするのを聞きながら、オレはやけに固くて冷たいベッドに沈んでいた。 薄いカーテンの向こうでは、時々イスが軋む音や、ライターの音が聞こえる。
「シャマル」 「あー? 落ち着いたか?」
布団から顔をだし、カーテンの向こうに呼びかければ、やる気のない声が返ってきた。 「お前な、オレはお前の親でも兄弟でも彼氏でもねーんだよ。いい加減にしろ」 「……ごめん」 「……って、山本に伝えとけ」
ガラっ。と、音を立ててカーテンが開き、シャマルの眠たそうな顔が現れる。静かだとおもったら、もうココで一杯やっていたらしい。顔も赤いし、酒臭い。 いや、ていうかここ一応職場だろうが……!
「おら、落ち着いたらとっとと帰れ」 「ん」
まあ、さすがにこれ以上迷惑はかけらんねえし。 ベッドから立ち上がろうとすると、胸がひきつるように痛んだ。おかしい。別に、本当に傷がいったわけでもないのに。 「まあ、よく考えろよ。恋愛なんて、振り回されてなんぼだ」
そう言って、シャマルがオレの頭をなでる。
「それにしても、ここにいれば来ると思ったんだけどなぁ。わざわざ待っててやってんのに」
ぼそ、と。本当に小さな声で、シャマルがそう何かを呟いた。あまりにも小さくてオレには聞き取れなかったけれど、その表情はどこかいらついている。
「もう、いい。別に、こんなコトしに日本にきたわけじゃねーし。浮かれてたオレへの、罰なんだよ」 「はは、ならオレは毎日が罪と罰だな」
上等、と。 どこか優しくそういって、ふわりとオレの髪にキスを落とした瞬間、大きな音がした。 バタバタと走り寄ってくる、足音。
「……いいか、しばらくこの体勢でいろよ」 「しゃま……」 「これぐらいの嫌がらせはさせろ。ガキにはいい薬だ」
そういって、シャマルはオレのアゴを持ち上げ、顔を近づけた。キスはしない。ただキスの距離でじっと固まる。 ああ、だから酒くせぇよ、シャマル。 それから間もなく、けたたましい音をたてて保健室の扉が開いた。
「いるんだろ!!」
その声を間違えようもない、山本だ。 乗り込んできた山本は、オレとシャマルの姿をみるなり目を大きく見開いて固まる。
「あー? 見てわかんねぇか。取り込み中だよ」 「なっ」 「なんだよ、人の情事を覗き見すんのが趣味か? 気持ちわりーな。てか吐きそう、出てってくれねー?」
しっし、と追い払う動作をしながらシャマルは吐き捨てた。 それを聞いた山本はしばらく動かず固まっていたけれど、すぐに形の良い眉をしかめ、オレたちに近寄る。 そして無言でオレの腕をとり、無理矢理ベッドから引き摺り下ろした。
「ってめ、何しやがる」
必死に抗議の声をあげるが、当然とばかりに無視される。 ってか、オレまだ靴はいてねーんだよ! そのまま腕をひっぱって保健室からでようとする山本の足を蹴って抵抗すると、イラついた表情を隠そうともせずオレをにらんで、そのまま肩に担ぎあげた。
「保健室しめるから、今日はもうくんなよ、隼人」
あまりの出来事に声がでないオレに、シャマルは呑気にそういって手を振る。 いや、助けろよシャマル!
「ど、どこに行くんだよ!」 「しらね」 「……記憶、戻ったのか?」 「さっぱり」 「っじゃあ何で来たんだよ!?」
ふざけるな! と叫ぶと、山本は乱暴にオレを冷たい廊下の上に落とした。 そして拳をふりあげ、力の限りに壁を叩きつける。
「ムカつくんだよ!」 「っ」 「お前を見てると、もの凄くムカつく! お前は一体誰なんだよ! 何で泣くんだよ!」
見上げるオレの頬に、雫が落ちてきた。 山本が泣いている。ふざけんなよ、泣きたいのはこっちだっつの。
「何でこんなムカつくんだよ! 溜まらないんだ、胸がかきむしられるみたいで、苦しくて、たまらないんだよ!」
そういって何度も拳を壁にたたきつけるから、オレは何とか立ち上がってその腕をつかんだ。 手を痛めたら、野球ができねーだろう。 そう思って掴んだ腕が、魔法のように伸びてオレの背中で絡まる。 そして強い力で、引き寄せられた。
「ごめん」 「何で、謝るんだよ」 「わからない」 「わからないのに謝られても仕方がないだろうが」 「ごめん」
山本の胸に手をやって、必死で体を引き離す。顔をみると、暗い中でも山本が泣いているのがわかった。 もう、わけがわからない。
「気がついたら、ココに来てた。体が勝手に動いてた」 「ふざけんな」 「ごめん」 「気持ち悪いんじゃねーのかよ」
強く睨みつけると、山本は困ったような顔をして、それからそっと顔を近づけてきた。 唇の尖ったところが重なって、ついばむように口付けて。 やがて強く、奪うあうような、キスをした。
ぐらぐら、と。視界がゆれる。 わけがわからない。思考がひどく、混乱しているのがわかった。
えっと、何だ。ここ、どこ。 確か、そうだ。オヤジに頼まれて、寿司の配達をしてて。あーそう、獄寺のことを考えてたら浮かれて運転誤って、すっころんで。 気がついたら病室にいて。
そこで、オレはハッと気付いて目を見開いた。 目の前には獄寺がいる。気持ちが良いのは、キスをしているから。 けれどそれを素直に喜べないのは、思い出してしまったからだ。 ヤバイ。オレ、ひどい。
よく記憶喪失になった間のことを忘れている、なんて話があるけど、あろうことかオレは綺麗に覚えていた。 忘れていたかった。切実に。 霧が晴れたように、頭の中がすっきりしていた。それに比例して、息がしずらくなる。 どうしよう。やばい。まずい。これは、許してもらえないかもしれない。というか、許してもらえないだろう、これは。 自分の言動がはっきりと思い出されて、急速に指先から冷たくなっていくのがわかった。 もういっそ、記憶喪失のふりをしたい。
「ご、獄寺」 「……ん」 「あの、さ」
何をどういえば良いのか。 どこから何を謝れば良いのか、夢から覚めたばかりのオレの頭が高速で回転していく。
「オレ、思い出した、みたい」
からからに渇いた喉から、何とかそう言葉をひねり出すと、獄寺は「は?」といって首をかしげた。 けれどそこから段々と眉間のしわが増えていき、次の瞬間にはオレの腹に獄寺の拳が入っていた。
「きもちわりぃんだよ、てめぇ」 「ご、ごく……っ」
獄寺ごめん。と言いたいのに、腹にきまった渾身の一撃のせいで声がでない。
「ざけんな! こっち見んな! イライラする!」
ひどい。 いや、ひどいのはオレでした、ごめん、ごめん獄寺。 「お前の腹の底は、ようくわかった。オレをどう思ってるのか、今回の件でよくわかった」 「ちがっ」 「お前の顔なんて、もう見たくねぇ!」
ああもう、本当に最低だ。オレ。 でも、記憶をなくしていてもオレはオレで。大切にすると誓った人を、傷つけてしまった。 このまま消えてなくなってしまいたい。 あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ。 後悔が言葉にならなくて、獄寺に合わせる顔もなくて。 オレは頭を抱えて、その場にうずくまった。
「どんな気持ちで、オレがお前に全部くれてやったとおもってる」 「ごめん」 「タイミングがよすぎんだろ。忘れちまいたいような記憶だってのか」 「ごめん」 「ふざけんなよ、ふざけんな、ふざけんな!」 「ごめん、ごめんっ」
涙が出た。情けなくて。 すると獄寺もまたしゃがみこんで、オレの頭をつかんで引き寄せた。
「……もう、記憶もどんねーんだと思った」 「ごくでら」 「よかった、畜生。よかったっ」
ごめん、本当にゴメン。 獄寺の涙に、オレもまた涙がこぼれて、今度はもう止まらなかった。 帰ろう、獄寺。今日はさ、獄寺の家に泊まっていいかな。 病院抜け出してきたから、皆心配してるかもしれないけど。 獄寺の好きなもの作るよ。何がいい? こないだ作った肉じゃがおいしいっていってたよな。 何でも作るから。何でもするから。 だから、獄寺。
「オレを、嫌いにならないで」
キスはしょっぱい味がした。
END |