大きな月が正面に見える。 山本はコンビニで買ったアイスを食べながら、夜道を急いだ。
(水ももったし、火は獄寺がもってるし、忘れ物はないよな)
前歯でアイスをくわえて、左手にぶら下げたビニール袋の中をあさる。その中には家で 用意してきた水と獄寺の分のアイスと、手持ち花火がいっぱいに詰まっていた。
(もう獄寺、まってるかな)
コンビニで花火を買うのに手間取って、待ち合わせ時間にすこし遅れてしまっている。 急ぎ足から小走りになって、街頭の明かりを潜り抜け、公園の入り口が見える頃にはす でに全力疾走になっていた。 小さな公園だが二人で花火をするのには問題ない広さだ。 夜の公園独特の静けさの中、獄寺を捜す。ブランコ、シーソー、砂場と視線をやり、隅の 小さなベンチの上でタバコの煙を見つけた。
「獄寺、お待たせ!」
急いで駆け寄って声をかけると、眉間に皺をよせて「おせぇよ」と返してくる。こんな時間に こんな所で獄寺の声が聞けるなんて、何だかとても幸せではないだろうか。
「なにヘラヘラしてんだよ」 「ゴメン何でもない、あ、獄寺もアイス食うだろ?」 「アイスって、もうそんな暑くねぇだろ」 「アイスに季節はないんだって、折角買ってきたんだから食えよな」 「そんなん買ってるから遅れるんだろうが」 「いや、それが一個目のコンビニに花火がなくてさ。たまたまもう一個のトコロで夏の終わり 花火セールが……」 「あーもう分かった。言い訳はいいから早くやろうぜ」
小さくため息をついて山本の手からアイスを奪い、コンビニ袋の中をあさった。
「また沢山買ったな……、これ一晩でやる気か?」 「あー、うん」
いっぱいあった方が長く獄寺といられると思ったから、なんて当然言えず言葉を濁す。
「コッチを手にもって火をつけるんだろ?」 「そうそう、んで終わったらこの水につけるんだよ」 「めんどくせー」 「まあまあ、これが日本の夏なんだって!」
物珍しそうに花火を観察しながら、獄寺はモノは試しとライターで火をつけた。
「へぇ」
パチパチと、火花が散る。最初は小さく、やがて燃え上がるように。 炎の明かりに照らされて、獄寺の顔が闇夜に浮かび上がった。
手持ち花火をしたことがないと獄寺が言ったのが今日の昼。これがチャンスとすかさず 約束を取り付けた。 ならば十代目もと獄寺はいったけれど、ツナは今日用事があったらしく結局二人です ることになったわけである。 最初はおとなしくしていた二人だが、やはり元気な中学生。盛り上がるにつれて二つ三 つ一緒にもったり振り回したりと、花火は順調に減っていった。
「何だ、あとこのちっせえのしか残ってねぇぞ」 「ああ、線香花火だ」 「センコウハナビ?」 「そう。花火の締めくくりは、これってきまってんだよ」
ジジッ。と、線香花火特有の音がして灯りがともり、火花を散らして落ちてゆく。 獄寺もそれに習って、火をともした。
「地味だな」 「これがいいんだって」
二人並んでベンチに腰掛け、何を喋るでもなく花火を見ていた。 風が冷たい。なにしろもう、九月だ。 どうして夏の終わりにする花火は、こんなにも切なさを誘うのだろう。それとも、獄寺と一 緒だからなのだろうか。
「おい、残り一本だぞ」 「獄寺やれよ」
獄寺は小さく返事をして火をつけた。 この最後の線香花火が落ちれば、終わりだ。それは今のこの時間だけでなく、夏の終わ りを告げているような気さえした。 月が照らす。風が冷たい。花火は、もうすぐ落ちるだろう。 ベンチの上に、獄寺の右手がだるそうに置かれている。丁度、山本側の手だ。 少しずつ、本当に少しずつその右手に自分の左手を忍び寄らせて、お互いの中指が触れ合 った瞬間に、花火が落ちた。ドクンと心臓が跳ね上がって、触れ合わせた指の先と先から体温 が流れる。 獄寺の体が強張ったのがわかったけれど、何も言わない。そのまま、その右手を覆うように自 分の左手を乗せた。
「……暑いから、ヤメロ」 「今日はそんなに暑くないっていったじゃん」
言い返すように応えると獄寺の手が逃げようとしたので、強く握り締める。
「ふ、ざけんな」 「ふざけてない」 「何のつもりだ」 「……言っていいの?」
手探りで、思いを探る。確かめるように獄寺のほうを向けば、思ったよりずっと近い所に顔が あって「駄目かも」と、思ったときには体が動いていた。 すいよせられるように、顔を近づける。そして、触れるだけのキスをした。 夜でよかった。きっと、とても情けない顔をしていただろうから。
「来年も、獄寺と花火がしたい」 「ふざけんな」
今度はさっきより強い口調で言い返されたけれど、獄寺が手を振り解こうとはしないのでそれ を答えと思うことにした。
あともう少し。もう少しだけ。 せめてこの花火の硝煙の匂いが消えるまで、この手を握り締めていたいと思った。
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