「ええ!? 今度の日曜、山本の誕生日なんだ!?」 そんな話題が出たのは、天気のいい昼下がり。屋上でのコト。 フェンスに背中を預け、なかなかいい気分でタバコをふかしていた獄寺は、ツナの一言で現実に戻された。
「あー、実はそうなんだよなー」 「ぜんぜん知らなかった、ゴメン!」 「いや、ゆってなかったの俺だし」 「んー、じゃあさ! 何かパーティしようよ!」 「あ、実はもう予定があってさ」
黙って話の成り行きを聞いていた獄寺は、そこで一つ眉間の皺を増やす。 予定? 少なくとも自分は何も聞いていない。
「あ、そっか、家族と?」 「いや、そういうわけじゃないんだけどさ」 「じゃ、じゃあもしかして……彼女?」
おそるおそる訊ねるツナに、山本はデレデレと顔に書いて「そんなとこかなー」と答えた。 山本彼女いたんだ、と騒ぐツナの肩を通り越して、その先にいる野球馬鹿を獄寺は強く睨みつける。
獄寺と山本が付き合うようになって、早や一ヶ月。
彼氏(獄寺)はいても、彼女がいるという話はまったく聞いていない。
(なるほどな、誕生日の話なんて全然なかったと思ったら、可愛い彼女と過ごすってわけか)
この自分に二股をかけるとは見上げた根性だ。 ツナに悪いとは思ったが、獄寺はもっているタバコを乱暴に投げ捨て、フェンスを力いっぱいにたた きつけた。
「ご、獄寺くん!?」
下のグラウンドにまで響き渡りそうな大きな音がなり、ツナはビックリして獄寺を呼ぶ。
「すいません、十代目。俺気分が悪いから、今日は帰ります」 「でも手、血が出てるって!」 「舐めとけば治ります。失礼します」
小さくお辞儀をして、逃げるように屋上をあとにした。 下へと続く階段を駆け下り、踊り場にたどり着いた所で一度足を止める。
(……ふざけやがって)
何が誕生日だ。 一ヶ月と少し付き合っていて、誕生日など全く気にならなかった自分も自分かもしれないが、言わな かったアイツもアイツだ。 しかも彼女までいるらしい。確かに付き合ってから特に何か変わったわけではないが、山本に好き だといわれて獄寺は頷いたし、時々一緒に帰って、暗がりに任せて手を繋いだコトだってあった。 コレもアレも全て、友達「付き合い」だったとでもいうのだろうか。
「……いっ! 獄寺!」
そんな思考に集中力をとられていたので、山本が走りよってきてあまつさえ腕まで掴まれているこ とに気付かなかった。 不覚である。 何を言わずに腕を振り払ってやろうと思ったのに、掴んでいる手には思ったより力が入っていて叶 わない。
「違う! お前なんかわかんないけど、誤解してるって!」
獄寺はなにか怒鳴りつけてやりたいと思ったけれど、山本の顔が余りにも必死で笑えたので、話 ぐらいなら聞いてやってもいいと思いなおした。 「あのさ、俺。今度の日曜、誕生日で。それで、その……お前に、一緒にいて欲しいと、思って」 山本の顔がみるみる赤くなっていく。腕を掴んだ手もそれと同時に力が緩んだので、ここぞとばか りに乱暴に振り払った。
「あ……」
逃げた手を追いかけるように山本の手が動く。 しばらくその手は宙に浮いていたが、やがてあきらめた様に握りこぶしを作って引いた。
「いや、無理だったら、別にいいんだけどさ」
さっきまで赤い顔をしていたくせに、いまは泣きそうな顔をしてうつむいている。 それに同情したわけではないけれど。それで誤魔かされたわけではないけれど。 やはりどこか山本を信じたい気持ちがあったのか、獄寺は言い訳の余地を与えることにした。
「彼女」 「え?」 「彼女と過ごすんだろうが、その日」
ドスの聞いた低い声でいうと、山本は首が取れるんじゃないかというほど激しく横に頭を振り回す。
「違う違う違う違う! そんなワケないだろ! あれは、獄寺のコトだって」 「……はぁ?」 「だって、獄寺と付き合ってるって言うわけにいかねぇだろ。てか、お前怒るじゃん。だからあの場は ああなったっていうか」 「でも、俺お前と約束してねぇし」 「それはコレから約束取り付けるつもりだったから……、こないだ日曜暇だっていってたから」 「誕生日も知らなかった」 「それは……っ」
山本は詰まったようにうつむいて、言いにくそうに言葉を続けた。
「言えなかったっつうか。自分の誕生日だから一緒にいてくれとか、何か催促してるみたいだし。俺、獄寺 が一緒にいてくるだけでマジで嬉しいし。だから話の流れでこうならなかったら、獄寺には言わないつもりだっ たんだよ」 ああマジで俺カッコ悪りぃ、と山本が呟く。
「でも、予定はいったんなら仕方ねぇよな……、部活でるわ」
じゃあな、と見るからに肩を落として山本は階段に足をかける。次に腕をつかんだのは、獄寺の ほうだった。
「日曜」 「え?」 「部活休め」 「えっ?」 「一緒に、いてやってもいい」
一瞬何を言われたのか分からなかったらしく大きく何度か瞬きをして、それから傍目にも分かる ほど顔を輝かせて頷く。
「マジで!? マジ!? うわ、どうしよう、めちゃくちゃ嬉しい!」 「うるせぇよ、あんま騒ぐなって!」
十代目に聞こえるだろ、というと山本は機嫌よさげに口を閉じる。
「あ、そうだ獄寺」 「あ?」 「その手……」
思い出したように獄寺の手をつかんで、さっきフェンスで傷つけたところを見やった。
「コレ、保健室行ったほうがいいって」 「いや、別に平気だって」 「平気じゃねぇよ。どうせ次でねぇつもりなんだろ? ついでに寝てくればいいじゃん」
まあ、それも悪くないかもしれない。 山本にしては珍しく良案だと思い、おとなしく従うことにする。
「送っていこうか?」 「アホか、一人でいける!」
本気で保健室まで送り迎えしそうな山本を残して、獄寺は保健室へと向かった。
(しかし、今度の日曜日って……)
日曜日まであと何日あるのか数えようと思って、左手を出す。
(ええと、今日が金曜日だろ……)
指を折って数えようとして、気付く。
「今日いれて三日しかねぇじゃねぇか!」
なんでヤルコトナスコト全部急なんだよ、と怒鳴り散らしてやりたいところだったが、幸か不幸かと うの本人がいないのでぐっとこらえる。
「……なぁに保健室の前で叫んでるんだ?」
気がつけば目指すところまで歩いてきていたらしい。 声の主は獄寺の頭にアゴを載せて、耳の横から手を伸ばし扉に手をかけている。
「なんでもねぇよ。寝るからベッド開けろ」 「運がいいな、さっきまで使ってたんだよ」 「誰が?」 「俺と彼女」 「果てろ」
ハハっと軽い調子で笑って、声の主――シャマルは獄寺を保健室の中へと案内した。
「怪我してるじゃねぇか、包帯まくか?」 「いらねぇ。ねみぃ」 「じゃあねろ。俺も寝る」
いやお前はなんか仕事しろよと思ったけれど、面倒くさいので言わないでおく。 白いベッドに寝転べば香水のにおいがして、本当にこいつは教員失格だと思った。
(シャマルのことはどうでもいいんだ。やっぱり誕生日ってことは、何かプレゼントするんだろ?)
しかし、山本は何もいらないといっていた。 そこでふと思いついて、獄寺はベッドから体を起こした。そしてカーテンの向こうの男に声をかける。
「おい、スケコマシ」 「あー、なんだ?」 「例えばだ、いいか! 例えばの話だぞ!」 「おー?」 「例えば付き合ってる奴がいて、そいつが誕生日だとするだろ?」 「おー」 「でもそいつはプレゼントとかいらねぇっていうんだよ」 「へー。お前女いるのか?」 「だから例えばだって」 「なるほどな、それで恋の大先輩に意見を求めたいってわけだ」 「話をきけよ!」 「聞いてるって」
やーやー隼人も大人になったもんだと言葉を続けるシャマルに、ダイナマイトの洗礼を受けさせる べきか考えていると、したり顔で獄寺の横にやってきて軽く肩を叩いた。
「いいかプレゼントなんかいらないってのは、女の常套文句だ。それを鵜呑みにしてたら、嫌われるぞ」 「そうなのか?」 「そうなんだ。やっぱりプレゼントをするのは当然だな」 「……例えば?」
獄寺の質問に、シャマルは待ってましたとばかりに笑う。
「そうだなぁ、やっぱプレゼントの定番は花束だな!」 「はぁ?」 「花束もらって嫌がるやつはいねぇ」
聞く相手を間違えたらしい。 尚もつづくシャマルの語りを話し半分で聞き流して、獄寺はプレゼントについて考えることにした。
そもそも。 あらためて考えてみれば、自分は山本のことをあまり知らない。 誕生はおろか、ほしいものもよく分からない。
(山本のすきなもの……野球)
グローブ、バッド。 野球の道具なんて、それぐらいしか思いつかない。そもそも、野球道具は自分で揃えているだろうし、 買うにしてもどれがいいのかわからない。
(アクセサリーってガラじゃねぇよな。リストバンドは、こないだかってたし)
獄寺から貰うもなら何でも喜んでつけるだろうが、そんなことはどうやら思いつかないらしい。 どれを思い浮かべてもピンとこず、頭を悩ませる。
(財布とか、時計とか……? でも普通にあいつ持ってるし)
考えれば考えるほどわからない。 考えているあいだに、なんで山本のためにこんなに悩なければならないのか、だんだん腹がたってくる。
「ま、ようは気持ちだろうけどな」
と、シャマルにしてはいいコトをいったのだが、獄寺の耳にはすでに入っていなかった。
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