『じゃあさ、土曜から泊まりに行っていい? 土曜は練習出るからさ、着替えてシャワー あびて、夜の七時ぐらいに待ち合わせしようぜ! え? いや、だって何か待ち合わせっ てしてみたかったんだよな、へへ』
と山本が言ったので、とうとうプレゼントを選ぶ時間がなくなってしまった。
(もうすぐ待ち合わせ時間じゃねぇか)
約束をしたのが昨日の夜。 今日は朝から何がいいかを探してウロウロしていたのだが、結局これというものは見つ からなかった。
(結局、プレゼント無しか……)
いらないとは言っていても、きっと少し残念そうな顔をするのだろう。 それを想像して、胸が痒くて、もういっそ行くの止めようかなとか考えていたとき、目の端 に花屋が映った。
『花束もらって、嬉しくない奴はいない』
ふと、シャマルの言葉を思い出す。
(花束って、ガラじゃねぇって)
とは思うけれど、もはや時間がない。 覗いてみるだけ、と自分に言い聞かせて足を向けた。
(うわ、花くせぇ)
しかし、よくみてみると色んな種類の花がある。地味な花と地味な花を花束にすれば、ちょっ とはましかもしれない。
(いやいや、やっぱり無理だ。山本のところまで花束もって歩いて行くのがまず恥だ)
その自分の姿を想像するだけで恥ずかしくなり、急いで店をでようとしたところで呼び止めら れた。
「いらっしゃいませ」
獄寺に気付いたらしい定員が、にこやかな笑顔で声をかけてくる。
「プレゼントですか?」 「え。あ」 「よろしければ花束をおつくりいたしますけれど」 「は、はあ」
普段ならガンでもとばして去るところだが、あまりに晴れやかな笑顔に押されて言葉が出ない。
「ご予算は?」
通り過ぎる人全員が、自分をみているような気がする。 どうしてこんなことになってしまったのか、その原因を考えると一人の男に行き着いて、あったら 一発殴ってやらないと気がすまない。
「ご予算は?」
と聞かれて、どうしようもなくなったら自分の行きつけの店でアクセを買おうとおもっていたので、 素直に「三万」と答えた。 すると物凄い派手で豪華なバラの花束が出来上がって、なおかつ「サービスしときましたから」な んて笑顔で言われてしまって、本当にもう泣きそうだ。 片手で持ちきれないほどの、豪奢な花束。まるでパーティにでも行くみたいだ。
(こんなのもらったら、絶対引く。ていうか、無理だろう、普通に)
いっそのこと捨ててしまいたい。 自分の体にバラの匂いがしみこんでいくようで、頭が痛くなる。
「獄寺!」
次にゴミ箱をみつけたら絶対捨てようと思った所で、声がかかった。
(なんでだよ! 待ち合わせ場所ここじゃねぇだろ!?)
聞こえた声はよく知った声で、獄寺は慌てて花束を後ろに隠す。もちろん、隠しきれるような大き さではないけれど。
「や、山本っ!」 「やっぱり! この後姿は獄寺だと思ったんだよ! でも待ち合わせ場所につくまえにあっちゃうな んて、やっぱ運命だよな」
どんな運命だよと突っ込んでやりたかったが、あいにく両手はふさがれている。 それを目ざとく見つけるのも、やはり山本である。
「獄寺……、それ」 「ち、ちがっ! これは、その!」 「もしかして、俺に?」
違うコレには事情があって、捨てるつもりだからお前のものじゃないから勘違いするな。 と、言おうと思った。 そう思ったけれど、あまりにも山本が期待に満ちた目でそんな事をいってくるので、獄寺には小さ くうなずく事しか出来ない。
「お、おう」
恥ずかしい。これはもはや羞恥プレイだ。 なので一刻も早くこの恥ずかしさを山本にバトンタッチしようと、獄寺は慌てて花束を山本の胸に突 きつけた。 なるべく乱暴に。けして赤くなった自分の顔をみられないように。
「マジで?」
ヤバイ、やっぱり引いてる。 おそるおそる山本の顔を覗き見ると、予想に反した表情。 嬉しいような、泣きたいような、切ないような、苦しいような。
「どうしよう、俺、めっちゃ獄寺好きだ」
愛しむような。
「な、なんだよ急に!」 「おれ、本当に獄寺がいればそれだけでいいと思ってて、一緒にいてくれるだけで幸せだと思ってて」
そこで少し言葉をきって、花束をギュッと握り締める。
「でも、獄寺がこれ買うときどんだけ迷ったかとか、いろいろ考えてくれたのかなとか、絶対獄寺この花 束もって歩きたくないはずなのにわざわざ俺のために……、とか考えたら。何か獄寺が好きすぎて、死 にそうになるよ」
胸が苦しいと山本が言った。それは、自分も同じだと獄寺は思った。
「嬉しい。ほんとに嬉しい。泣きそうに嬉しい。知らなかった、これを幸せっていうんだな。胸が苦しくて死 にそうだけど、すごい幸せだ、ありがとう、獄寺。好きだ」
ここが人通りの多い往来だとか、そんなことはもう頭になかった。 さっきまで自分の手の中にあった花束が、山本の手の中にあるだけで全く違うものに見える。
「俺も、好きだ。山本」
だから、そう言葉が漏れたのは無意識だった。 思いがけない一言が信じられなくて、口を押さえようとした左手を山本が強くひっぱった。
「お、おい山本!」 「キスしたい」 「はあ!?」 「獄寺の家、いっていい?」
一応聞いてはいるものの、引っ張っている力は「無理だ」といっても止められそうにない。
「もともと、泊まるつもりだったんだろうが」
ぶっきらぼうに獄寺がいうと、山本は照れたよう笑った。
それから、何度も何度もキスをして。 手を握ってテレビをみて、思い出したようにコンビニに行ってケーキを買って食べてキスをしているうち に、一日をまたぐ。
「誕生日、おめでとう、山本」
ぶっきらぼうに小さく呟いた一言を、山本がその唇をふさいで攫う。
「ありがとう」
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