さやかな願い。


 

 

         


 煙草の火が、小さく灯る。冷たい雨に触れたなら、すぐにでも消えてしまいそうに、儚く。
 矢のような雫が空から大地に降りそそいで、優しくない不協和音を奏でる。
 そんな夜。
 
 
俺の死に様には、相応しい舞台だ。

 星が隠された闇夜で、紫煙はやけに映えた。
 雨宿りに借りている屋根の下、柱に背中を預けて、山本は静かに自嘲する。
 煙草、やっぱり苦いって、獄寺。
 野球を辞めて、獄寺と生きていくと決めたその日から、吸い始めた母国では見慣れない銘柄の煙草。
 獄寺と、同じ煙草。
 女々しいけれど、同じ煙をすって同じ匂いに包まれれば、獄寺がもっと近くなる気がした。
「獄寺……」
 これから死地に赴くというのに。絶対に失敗の許されない、任務があるというのに。
 それでも脳裏をよぎるのは、たった一つの名前。
 連れて行くことなんて出来ないから、せめてこの思いだけは傍らにおいておきたい。

 愛してる。
 


 その任務の命令が下ったのは、二週間前のことだった。
 ボス・ボンゴレは鎮痛な表情を隠しもせず、ただしはっきりとした声で命令をつげた。
 仕方のない、正しい判断だ。かつての親友の肩には、いまや量りきれない責任と、命がのっている。
 危険な任務だといった。少数精鋭で敵のアジトに乗り込み、武器庫を破壊しなければならない。
 恐らく、生きて帰ってくることはできない。それでも、今やボンゴレの片腕を言われた自分の命を賭け
てでも、成し遂げなければならない仕事なのだ。
 俺は黙って頷いた。
 獄寺を連れて行くかといったのは、ツナとしての優しさ。
 冗談じゃねぇよ、と。笑って答えた。

 

 獄寺隼人を。
 愛しているかと聞かれれば、俺はすぐには頷けないかもしれない。
 愛とか、恋とか。
 自分たちの関係は、そんな生易しいものではなかったと思う。
 ただ、全て。
 今まで自分の全てだったものをかなぐり捨てて、ただ、アイツのために生きた。
 胸に渦巻く飽和する感情を表現する言葉がなくて、それでも伝えたくて、何度も何度も「愛している」と
いった。
 時に声に出して。時に、胸の中で。
 何万回と唱えても足りないけれど。飽きずに呟く、
「愛してる」
 と。

 

「別れよう、獄寺」
 一週間前。
 そう告げたのは獄寺への優しさか、自分への優しさか。
 たぶん、後者で。
「はぁ?」
 白いシーツの中、獄寺はまるきり本気にしていない声で聞き返してきた。
 俺がどれだけ獄寺のことを好きか、愛しているか、恋しているか、コイツは嫌というほど知っていたから。
「もう。飽きた」
 何度も何度も心の中でシュミレーションをしたその言葉は、自分でも信じられないほどあっさりと口から飛
び出した。
「何があった?」
「なんもねぇよ。もう、飽きた」
 淡々という俺に、獄寺は少しだけ考えこむようにして、一言「そうか」といった。
「嫌いになったのか?」
「ああ」
「俺が、違う奴に惚れてもいいんだな」
「ああ」
「……わかった。これまでだ」
 獄寺はとてもとてもプライドが高い奴で。俺はそんなところもすごく綺麗で好きだった。
 だから、コイツは決して泣いてすがったりはしない。
「違う奴に、かわいがってもらえよ」
 服を着て部屋からでていこうとする獄寺にそう声をかけると、怒っても泣いてもいない表情で、黙って俺を殴
りつけた。
「果てろ」
 


 嫌いになってくれればいい。
 憎んでくれればいい。
 自惚れではなく。こいつは俺がいなければ、壊れてしまうだろうから。
 後に遺して逝くものの願いとして。
 獄寺が、幸せであればいいと思うから。
 それが自分以外の誰かの傍だと思ったら、堪らないけれど。気が狂いそうになるけれど。
 俺が死んだ後、獄寺が俺を思って狂ってくれたなら、本当はとても嬉しいけれど。
 その思いより、獄寺の幸せを思う願いのほうが遥かに強いから。
 好きだ。愛している。恋している。
 誰よりも何よりも、お前を思う。
 連れて行けないお前の変わりに、この思いをみちずれに連れて行く。

 

 この雨がやんだら、行こう。

 しとしとと小降りになってきた雨を見ながら、決心したその時、声はかかった。
「この雨がやんだら行こうとか、思ってんだろ、馬鹿野郎」
 夜と雨の向こう側から、濡れた足音と声が聞こえて、俺は戦う前から心臓が止まってしまうのではないかと
思った。
「ほんとにお前は馬鹿野郎だ。この馬鹿、ボケ、アホ。もう一つだ、馬鹿野郎」
 これでもかというほどの罵倒とともに、現れた人影に息を飲む。
「獄寺……なんで」
「なんでじゃねぇだろうが、お前の考えることなんざ、はなからお見通しなんだよ、単純馬鹿」
 雨に濡れた髪をかきあげて、獄寺は俺に近づいて、そして力一杯殴りつけた。
「連れていけよ」
 獄寺の髪から、雫が落ちる。下から睨み付けてくる獄寺は、本当に綺麗だ。
「お前と別れたなら、じゃあ他と、なんて。そんな安っぽい時間じゃなかっただろ、俺たちは。なめんなよ」
 静かな声でそういって、それから「やっぱりお前に煙草は似合わない」と、どうでもいい事をいう。
「獄寺」
「なんだ。しょうもねぇこといったら、承知しねぇ」
「愛してる」
「知ってるよ。俺もだ」
 そういって獄寺は俺の襟元を乱暴に引き寄せて、優しくないキスをした。
 雨で濡れて冷たいはずの唇が、熱い。
「馬鹿は余計なことを考えるな。俺のことだけ、考えてればいいんだよ」
「獄寺……」
「連れて行け。お前の望むところまで。お前の背中を、俺以外の誰が守るっつぅんだ。ざけんな」
 乱暴な台詞に似合わずに、声はとても優しくて。
 
 
お前を、愛しているかと聞かれれば、俺はどう答えればいいんだろう。
 大切で、愛しくて、守りたくて、壊したくて。
 名前がつけられないから、陳腐な言葉を何万回でも囁く。
「愛してる」

 囁く声が聞こえたように、雨があがる。
 この思いと、お前を一緒に連れて行けるなら、この世に思い残すことなど何もなく。
 それがほんの少し寂しくもあるけれど。
 
 もう今更、お前の手を離すことなんて出来なかった。
 
 
 

 

 

 

すみません、雰囲気ぶち壊しのコメントですが。
この二人はこの後ちゃっかり生きて帰ってきます。
というか、ちょっと危険な任務のたびにこんなやり取りを
繰り返してくれていたりすると萌え。
ああ、本当にぶち壊しですみません。